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Jhon Cage

Brian Eno

 

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既に“音楽の神様”の仲間入りをしてしまったようなお二人ですが、そうした偶像的地位が時として不快に感じられることもあるでしょうね。いわば、まだ完成しないうちからラベルを貼られるようなものですから。

 

イーノ:たしかに、時として具合が悪くなることはありますよ。過去の自分を正当化する契機を与えるようなところがある。歴史的自己というものが存在しているかのようで、おそらく大勢の人はそれを目にし、それに対応してくるわけです。ところが一方で今ここにいる自分というものもいて、それに関して僕は、歴史的自己に対してほど自信を持てない。やっぱり過去の、確立された地位には大いに励まされ後押しされているんでして、それを振り切って現在の不確かな自分を選択するというのは仲々大変な仕事です。
常に、自分のやっていることに対しては“一体僕は何をやってるんだ?”としか思わないですからね(笑)。“こんな事してて、どこへ行きつくっていうんだ?”。で結局、誰かがそばへ来て“ほら、ああいう別のタイプのレコードをやったらいいじゃない”って言ってくれるのを待ったりしてる。どうも、居心地が悪い。あまりいろいろ耳に入って来ないといいんですが。

 

ジョン、貴方は世の中の評判に全く動じないでいられる方ですか。

 

ケージ:最近、難しい目に会ってねえ。オルガン曲を一つ作ってくれるよう頼まれて、あらかじめ謝礼の半分が届いたんだ。そのあと詳細な連絡があって、それによればあちらさんが気に入ってるのは“ドリーム”っていう私が1948年に書いた曲で、できたらあのようなものを作ってくれないかって言うんだ(笑)。で、私は小切手を送り返して、過去の作品を繰りかえす事に興味はない、書くなら何か全く新しいものを書きたいと言ってやった。するとむこうは、“いや何とかお願いしますよ”ってわけで、再び小切手を送り返してきて、その小切手は西海岸と東海岸の間を数往復した。しまいにむこうは“どんなものでも構わない、貴方に自由裁量権を与える”と言ってきた。ところがいざ何をしても構わんと言われると、むこうの望み通りのことをしてやらなきゃいかんように感じるんだな、これが(笑)。で、その時書いた曲が”想い出”といって、もうすぐロンドンで上演されるよ。タイトルが、いかにもで良いでしょう。

 

君のかつての言葉を思い出すね、ブライアン。“要は、最初に聴いた音楽のように不思議で神秘的なものを創り出すことだ”という。


ケージ:素適な言葉だね。

イーノ:(赤くなって)どうも。

お二人とも、自分で創造を始めたいと思わせるほど不思議で神秘的な音楽を最初に聴いた時の事を覚えていますか。


イーノ:最もはやいころ感動したものの一つはね、シルエッツというグループの“ゲット・ア・ジョブ”。(ケージに向かって)全然、御存知ないでしょう。55年,に出たドゥ・ワップのレコードでね、何故それを耳にしたかというと、たまたま僕の住んでいたイギリスの地域には米軍基地が二つもありましてね。アカペラというものを初めて聴いた時の感動は忘れませんよ。両親に聞いて貰えばよく分る……7つの時にシングル盤を買って、うちにあったプレイヤーがオートのやつだったんで、一日中そのレコードがのっかってる事になりましたよ。毎目毎日。あれは、すごかったなあ。
それと、あと一つは、可笑しいんだけれどレイ・コニフ・シンガーズ。伯父貴が家を越す時にしばらくうちにレコード・コレクシヨンを預けてましてね。40年代のビッグ・バンド・ジャズが中心でした。レイ・コニフのレコードから出てくる声、もうたまらなくてね。9つか10ぐらいの頃だったかな。毎朝、学校へ行く前にそのうちの一枚を必ずかけて。覚えてますよ、冬の朝、あの信じられないくらい潤いのある、柔かい、絹のような声に包まれてね。


ジョン、貴方は?

ケージ:私は、カレッジの3年生になるのをやめてパリヘ行ってね。パリではまず、ゴシック建築のとりこだった。何ケ月も、マザラン図書館(フランス国立図書館の一つ)でゴシック・フランボワイヤン様式の研究をしたよ。大学の教授は、私が現代建築に興味を持たないので怒りまくっとった。で、私にある現代建築家をあてがって彼と一緒に研究をするよう命令してね。その建築家がある日私に言ったんだ、“建築家になろうと思う者は一生を建築に捧げなくてはならない”とね。それでそのとき気が付いた。自分はそんなことしたくない。私には他にもいろいろ好きなものがありすぎた…詩がその一つ。それから音楽。
だからその人に自分はもうやめる、一生を建築に捧げられるとは思えない、と説明したんだ。ほぼ同時期に、ジョン・カークパトリックのコンサートに行ってピアノの現代音楽を聴いた。ストラヴィソスキーが一曲と、スクリャービンが何曲かだったと思う。それから現代絵画というやつも観てみた。この二つに対する私の反応は、これなら自分にもできる、ということだったよ(笑)

イーノ:勿論ですよ!

ケージ:それで、絵と作曲を同時にやり始めた。二年ぐらい続けて、それからシェーンベルクに会いに行った。彼に師事したかったんだ。すると彼は私に尋ねた。”一生を音楽に捧げる気があるかい?”今度はまったく躊躇しなかった。はい、って返事した。まあ、私が嘘つきだと思う人もいるだろうな(笑)。でも僕にとってみれば、音楽はいつもとても寛容で、他のいろんなことも僕にさせてくれたと言うことなんだ。

(イーノに)ところで残念なことに私はあなたのレコードを一枚しか聴いたことがないんだが、もう少しいろいろ教えてくれるかな。私の聞いたのは、何か空港に関係のあるのだったが…

イーノ:ええ、ミュージック・フォー・エアポート、です。

(ケージに)ブライアンは、意識的に聞かれることを目的としない、一連のアルバムを作っていましてね。低い音量でかけると、周囲の音にとけ込んでしまうんです。あなたの作品のいくつかと、同様な効果を持ったものだと思いますよ。


ケージ:ああ、インスタンスィズ・オブ・サイレンスという曲があってね。マース・カニンガムが“Trails”で使ってるんだが、よくいろんな人に聞かれるんだ、どうして音楽がないんだ、って。あるいは、あの音は周りの音だと思うか、どちらかだね。

イーノ:それは、僕がいまやりたいと思っていることにとても近いですよ。ビデオ装置のようなものを最近あれこれ手がけてるんですが、まぁそれ自体を説明するのはちょっと面倒なのでここで皆さんをわずらわせるのは止すとして(笑)音楽的にはどういうものかというとー4台のステレオで8つの別々のチャンネルを使います。まず、そのショウがどんな場所で行われるかをじっくり調べて、その環境にすっぽり沈み込んでしまうような曲を作りたい。音の大部分が、外の交通の音や、町の一般的な騒音と区別がつかないような。

人々がただ座って、聞こえなくても音楽は続いてるんだと思う、その感じが大好きなんですね。音の広場の中に座っていて、必ずしもすべてを聞く必要はない、というのがいいんです。別の場所へ移れば、別のヴァージョンが聞こえる。実はそれでいま、録音された音楽に関心を持っているんです。突然気が付いたんですよ、レコーディングという方法は繰り返しではなく非予測性を生むために使えるじゃないか、とね。4つのカセット・レコーダーをシンクロでなく鳴らすんです。どの瞬間もその一回きりの音的瞬間であるようにね。そう、ちょうど現実世界みたいに。最近急にテープ・レコーダーにまた夢中になっちゃって。もう長いこと飽きてたんだけれど。同じものをなんべんも繰り返すというのは、あまり面白くありませんからね。

続く→