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interview 1989

 


 

7月末には6年振りの来日を果たし、ビデオ・インスタレーション「Sound And Light」を行うブライアン・イーノ。最近、彼がソ連のロック・バンドをプロデュースした事は先号でも少し触れたが、そのZvuki Mu というバンドのデビュー・アルバムが遂にリリースされた。それにしてもイーノの興味が何故ソ連のロック・バンドに向けられたのか?最新の「Opal Information Vol.12」にロシアン・ロックに関するイーノのコメントが掲載されているので、その一部を紹介する。

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 ロシアン・ロックの魅力とは−−それがたとえ未完成でアマチュア的であっても−−それが本当に重要だと感じさせられる所だ。そこには本当に何かを変えることができるんだという生真面目さと献身さと信念がある。我々西側の人問が“何かを変える”となると、殆んど政治的スタンスにはまりきった音楽等を思い浮かべてしまう。つまり、アートがれわれの人生に多大なインパクトを与えているという信念を我々は本質的に失っているのだ。アートがなメッセージを伝達していない限り、どうしてもアートを賛沢なものと、頭の隅に追いやってしまい、故に私たちが何かを変えようとすると「フリーネルソン・マンデーラ」や「ドウ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス」のような曲になってしまうのである。これらは歌詞に於ける熱望と音楽の審美的要素によって引き起こされた小字宙の調和を全く試みることの無い、灰色の社会現実主義を水で薄めたようなものだ。

 勿論、ロシア人も社会現実主義とは全く無縁の人々というわけではないが、ロシアの革命的アートの大半が形象的もしくは遂語的ではなく、抽象的であったことを覚えておいて欲しい−−−Popova、Malevich、Rodchenko、Tatlin、Larionov、Kliun等がそうだ。これらのアーチスト達は、まず自分達の審美的姿勢を改革する事でペインティングという行為を革命的行為に変える事を追求した。これは自己改革により未来を作り変えようとする試みなのだ。

 この革命的アートの伝統は、各文化レベルに於けるロシア人アーチストの中に脈々と流れ続けるものだと私は感じる。イギリスの画家、トム・フィリツプは「アートは常に政治的である。それはアメリカ側からすればさほど重要でないヴィジョンと意識の拡張をもたらすものだ。」と言うが、ロシアではこの事が全く当然の事のようである。

 ロシアン・ロックが出現したのはこの知的状況からなのだ。ある意味でそれはエンターテイメントを超えている。精神性としては80年代の音楽よりも60年代後半のものに近く(後者の方が大人だと私は思うが)、それは事実上、破壊的なのだ。

 消化・吸収の仕方は驚くべきもので、当然西側のロックに影響されているのだが、そこには独自の判断基準があるのだ。例えばリンディスファーンとセックス・ピストルズの両方だとか、アバとヴェルヴェット・アンダーグラウンドの両方だとかに影響されたミュージシャンがいるかも知れない。これらの組合せは我々の文化に於いては、ゆるし難い相反するカップリングだが、おそらくロシア人は我々よりも音楽に対してオープン・マインドな意見を持っているのではないか。そして彼らの意見の集合体が皆をアッと言わせるだろうと私は確信している。

Zvuki Mu.jpg (23694 バイト) Zvuki Mu はロシアには数多く頻出する演劇的バンドの一つであるがそれとは全く異る性質のもので“Skon−”というロシアの伝統的な道化師風スタイルのパフォーマンスを行う。リード・シンガーのピーター・モノ一ロのヴイジユアル・プレゼンテーションは、余りにも落ち着きを失い、余りにもグロテスクなものであるため、観客たちは彼のパフォーマンスに完全に釘付けにされる。彼は悪魔に取りつかれた道化師であり、自己制御出来ない程の“力”によって操られ、それは精神病的であり、痛々しく、正に危険なのである。ロシア人にとってこのパフォーマンスはかなり凄まじいショックを与えるはずだ。

 

 最後にZvaki Mu のデビユー・アルバムに収められた「The Source Infection」という曲の意訳を。
 ハエは伝染病の元/どっかの変な奴が言ってた/ハエは伝染病の元/信じてくれ、それは間違ってる/伝染病の元は本当はおまえだ/(中略)/もしハエの代わりにおまえをぶっつぶして、ぶっつぶしてツメではじき飛ばしたらどうする?/でも俺はおまえを生かしてやってるんだ/伝染病の元、おまえがだ!

 

 

 

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  ( hataeno )