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interview 1989


 

日本三大辨財天のひとつ、天河大辨財天社は奈良県は吉野、大峯山のふもとにある。古くから芸能の神として信仰され、修行の聖地としても知られている。その天河の本殿が、約60年ぶりに立て直され、今年7月16日から23日にかけて大祭が行われた。能楽、神舞、神曲ほか数々の芸能が奉納されたのである。招待を受けたブライアン・イーノと細野晴臣はともにネームレスな音楽・芸術を追究し続けているが、出会うのはこれが初めて。まさに邂逅と呼ぶにふさわしい出会いである。

 

 

イーノ:遅れてごめんなさい。浅草で台風につかまっちゃって。

 

細野:東京の交通渋滞はヘビーですよ、ほんとの台風ならいいけどね(笑)。今日は僕が聞き役。東京は何回目ですか?

 

これで4回目かな。

 

夏は初めて?

 

いや、どういうわけか毎回東京に来る時はいつも夏なんだ。僕はなにか大きな間違いをおかしてるようだ(笑)。

 

今あなたはまだニューヨークに住んでいるんですか?

 

前はそうだったけど、今は引っ越して、ほとんどロンドンにいることが多いよ。

 

今回、天河に来てみてどうでした?

 

素晴らしかった。日本で東京以外の場所に行ったのはこれが初めてだった。いつも東京だったからね。

 

宮司さんが何故ブライアン・イーノを天河へ呼んだかについてはどう理解してますか?

 

 その隠れた意味は僕自身はよくわからないけれど、僕がお社に行った時にね、宮司さんが時々僕のレコードをかけてくれてね。僕のレコードが、ここではすごくよく聞こえるな、と思ったんだ(笑)。これまでに味わったことがないような気分で自分のレコードを聞いている感覚だったよ。音楽をつくる時には僕はたいてい、ある種の実験を繰り返すような形で関わっている。これをしたらどうだろうって考えながら、あれこれやってみて、その結果音楽ができあがる。ところが、それがある日突然みんなが聞いてるのと同じような感覚で僕にも聞こえる瞬間がやってくる。これが自分の音楽だってことに気がついて自分でビックリするわけだ(笑)。通りを歩いていて、誰かが近づいてくると思ったら、なんとそれがショウウインドウに映った自分の影だったと気がついてビックリするような気持ちに似てる。その一瞬他の人たちが見てるのと全く同じように僕は自分を見てるんだ。

 

 あなたはあの時の演奏が、弁天様への奉納としておこなわれたってことはわかってますか?

 

いや、知らなかった(笑)。

 

弁天様は知ってるでしょ?

 

いや知らなかった(笑)。来る前に神道について勉強しようと思ったけど、非常に難しくって……。

 

それじゃ、日本についてよくわからないってことですね。

 

 そう、そのとおりだと思う。僕にわかった唯一の概念は、自然がすごく神聖なものと考えられてるってことだった。これは僕にとってすごく嬉しいことだった。神と人と自然とをはっきりと分けてしまう僕らの宗教とは全く違うからね。その連続性の考え方が好きなんだ。

 

ところであなたはイギリス人ですか?それともアイルランド人?

 

イギリス人。実際は半分ベルギー人だよ。母親がべルギー人だから。

 

あなたが言った宗教というのはキリスト教ですか?

 

 カトリックとして育ったけど、ほとんどの西洋人と同じように、ほんとの意味では宗教を持っていない。我々西洋の宗教はほとんど実感する世界と違った世界を描いている。だから、ほとんどの人びとは、僕も含めてだけど、いろいろな考え方を併せたような信仰のシステムに到達している。総合的概念というか、皆それぞれにあったミクスチャー(混合物)を持っているんだ。ある人は禅にプロテスタンティズムちょっとと、レッド・インデイアンの信仰をちょっと足したものを信じていたり、また、人によってはヨガが入っていたりとかね。とにかくそれぞれの人がそれぞれのミクスチャーをもっているんだ。事実ね、自分自身で宗教を発明することが、現在西洋におけるもっとも重要な仕事であり、使命だと僕は思うな。

 

 僕の考えで言えば、今までは日本人は神道イズムが自分の血の中に流れていながら、なかなか遠いものだった。だけど今、僕を含めて若い人たちがそのことに非常な興味を抱きはじめている。それと同じように、イギリス人もアメリカ人も、多分そのことは僕から見ればケルト文化になると思うんだけど、深いルーツを探っているような気がする。そのことについてはどう思いますか?

 

 僕もそのとおりだと思うよ。一般的に言って、未来だけに目をむける考えかたっていうものが僕は信じられなくなっている。過去についても考えなければならないことに気がついたんだ。僕が著い頃には、誰もがただただ未来を見つめていた。過去については目を向けさえしなかった。全て終わったことだとしていたんだな。でも今は過去は実は終わっていないんだっていう認識に達した。人びとは今でも自分たちの中にある「過去」に目を向けはじめたんだね。今の自分はおおいなる「過去」の産物だってことをね。これは、この10年ぐらいの間に人びとが持ち始めた物の見方と関係していると思う。僕らはちょっと前までは「アメリカ式世界観」を持っていた。それはどんなものかというと、アメリカ式の見方っていうものには限りが無くて、全てに可能性が開かれているってことだ。アメリカ自体がそうだったからね。人びとは移動し、ある土地を散々利用するだけ利用して荒廃させ、そのあげく次の土地へと去っていった。僕たちは自分たちの「意識」についてもそうしていたのさ。使い終わったら捨ててしまう。そしてその考えを変えたんだ。

 

 あなた自身いわゆる「ニューエイジ」の人と言われてるし、なんて言ったらいいのかな、一方では「ワールド・ミュージックという」動きもあって、そんな中で自分の位置する場所をどう思ってますか。

 

 すべての時代が、その時代を生きてる人にとっては「ニューエイジ」なんだと思う。誰でも自分はいつだって「ニューエイジ」にいると思ってるよ。そして事実この通り、いつだって新しい時代さ。それは正しいとか間違っているとかっていう問題じゃない。問題はある時点にとって「何が適切か?」っている問題なんだ。1860年のアメリカにとっては、パイオニアとして振る舞うことは当然のことだった。彼らはそういう時代のそういう世界に生きていたんだ。正しかった。だけど、現在はそれは正しいものではないんだ。

 

 じゃあ、今ブライアン・イーノにとって最もふさわしい適切な思想というのはどういうものか説明できますか?

 

 それは、普通「ニューエイジ」と言われているものよりはずっと複雑だよ。「ニューエイジ」もいいけど、僕にしてみれば、あの考え方は実際に実施可能な有効システムだとは思えないんだ(笑)僕はね、アートやカルチャーに感心があるのと同じように科学に感心がある。科学の方がずっと厳格だ。いわゆる「ニューエイジ」音楽を聞くとたいてい思うことは、悪いところがないっていうのが大きな問題なんだよ(笑)。いつもいつもとてもきれいな絵なんだもの。

 

そうそう(笑)。

 

 外を見れば、そりゃ確かに美しい木とかなんとかあるけど、同時に大きなビルも建ってるし、こっちのビルは汚いし車だっていっぱい走ってる。この世界の方が実際には面白い。これが現実の世界だ。僕が音楽を作る時に考えることっていうのは、それが信じるに足りる、ウソの世界じゃないものでなければならないってことなんだよ。

 

 僕はあなたの音楽を聞いているとふたつのことを感じるんです。日本語では「魂鎮め」という言葉があって、それは「レクイエム」ということとはちょっと違うニュアンスなんだけど、ひとつには魂を鎮めていく部分ともうひとつにはエロチシズムというものを感じるんです。科学とは対極にある生命力といってもいいんだけど、それは例えばイーノさんがイギリスに伝統的にある、科学と魔術との関係を知っているからなのかな?

 

科学と魔術は普通、対立するものと考えられたりするけど実は違うんだよね。

 

うん、知ってる。

 

 昔、ヨーロッパでは科学と魔術には区別はなかったんだ。双方とも一つの形態でね。アルケミー(錬金術)と呼ばれてた。アルケミーというのは殆ど魔術的とも言うべき内容を系統化したものでそれを源に化学や物理学、そしてその他のいろんな科学が発展してきた。本物の科学者に会うと彼らがアーティストのように思考することが判る。機知に富んでいて決して退屈な連中じゃないんだ。

 

そうそう。

 

 そうだ面白い話があるんだよ。テスタストロンって知ってる?男性ホルモンルモンの一種だ。テスタストロンが人間の性的な衝撃の量を決めるんだよ。ある時に調査したところがあって、男性の職業別テスタストロン量の調査をしたんだけど、テスタストロンの量を一番多く持ってるのがアメリカン・フットボール選手で、次がアーティストと科学者だったんだそうだ。

 

ハハハ、そりゃ面白い。

 

ビリはなんだか分かる?

 

そうだなあー……

 

 イギリス国教会の牧師だってさ(笑)。つまり、僕が言いたかったことっていうのはアーティストや科学者の活動は、ひとつの思考や作品に対する「求愛」だってことだ。対象にせがんだり、もてあそんだり、いろんな角度から眺めてみたりすることなんだ。女性に対してだって目で眺めて、そして長くつきあって、そして最後には結婚するだろう?それと同じだよ。アートも科学も対象に惚れ込んで、求愛し求婚することなんだ。エロティックなマインドだよ。自分の仕事を愛する人は、そのことがいつも頭の中にある。

 

 いやあ、その思いを深めたのはね、さっきこの部屋に入ってくる時に廊下で20メートルぐらい離れてたのに、僕が「パショリ」っていう香水をつけてるのを嗅ぎわけたでしょ。すごいと思って。嗅覚はあなたにとってどんな役割をはたしていますか?

 

 嗅覚というのはもっとも興昧深い感覚だ。名前もない最も古い感覚なんだ。動物が最初に持った感覚は化学労的な感覚だった。百万年も、前まだ人間がその目や耳を発達させる前には化学的感覚と接触による感覚しかなかった。なにせ僕たちの祖先は海の底でぶつかりあってたんだからね(笑)。だからこういう感覚は僕らの非常に原始的な部分に触れることのできるものなんだ。だからかえって人びとはこういう感覚を信じないんだ。わかるだろ?だからそこにはアートがないんだ。香水のアートとか、接触のアートとか……どうやってとりあつかっていいかわかんないんだな。そういう感覚を扱えないんだよ。視覚や聴覚は「立派な」感覚だ完璧な中流社会的感覚ね(笑)。僕は嗅覚に長いこと興味を感じてて、最近ではパリの研究所で「ある実験」を進めている。この研究所には1万種類ぐらいの「臭い」や「香り」があって、中にはものすごくヘンな臭いのものもある。これが全くいい臭いじゃないんだ(笑)。だけど非常に強い肉体的な影響を持っている。僕が非常に関心を持っている臭いがひとつあってそれはアルドロンと呼ばれるホルモンなんだ。95%の女性はこの臭いを嗅ぐことが出来ない。女性には見えない臭いなんだ。だけどほとんどすべての男性にとっては、すごく強い胸の悪くなるような臭いなんだよ。男性のはな先に持っていったら、「くさい!」って言うけど、女性はクンクンかいでも何にも臭わないっていうんだ。

 

へえー。フェロモンのようなものですか?

 

 そう。まったくその通りだ。このフェロモンには面白い効果がある。昔1950年代に箱形の簡易公衆便所があったの覚えてる?尿が下のドブに流れていくんだ。ごめんね、ひどい話して(笑)。女性の読者には申し訳ないけど…・そのトイレの水の中に1日中パンを浸しておくやつがいて、夜になるとそれを拾いにきて臭いを嗅いでるんだよ。多くの男たちがそれで逮捕されたんだ。

 

逮捕されちゃうんだ!

 

そう。ワイセツだってね。

 

ヘェー、どうしてなんだろ(笑)。

 

 その後わかったのは、パンの中のイーストが尿の中にあるアルドロンを吸収するってことなんだ。尿の中に極少量しかふくまれてないんだけど、パンを置いておくと集められるってわけなんだ。

 

こりゃさっそくやってみよう(笑)。

 

 送ってあげるよ。男たちにとってはアルドロンは強い興奮剤になるんだ。だけど、なにしろ臭いんだ。臭くてやなんだけど、だけどとてもエロティックになるんだな(笑)。

 

わかるな。

 

 僕は何とかこのアルドロンに化粧してやれないかと実験を重ねてるんだ。アルドロンにきれいな服を着せてやるというか…

 

 あなたの音楽にもそういうことが言えるのかな。同じようなことをしようとしているとか……。

 

かもね。

 

 じゃあ、この臭いをあててください(と言ってカバンの中から小さなビンを取り出す)。

 

うーん。この臭いなら知ってるよ。木の臭いだね、いいにおいだ。

 

そう、天河にいっぱいあるもの。

 

あっ、ヒノキだ。

 

あたり。

 

すごくいいな。

 

プレゼントしますよ。

 

 手にはいるとは思わなかった。ステキなプレゼントありがとう。この臭いは大好きだ。天河を思い出せる。ありがとう。

 

あれ、イーノさんは煙草すうんですか?

 

 うん。もうひとつ面白い語をしてあげようか。僕の行ってるパリの研究所には11人の男がいて香水の調合を専門にやってる。「ノーズ(鼻)」って呼ばれてる人たちだ。彼らは1日中部屋の中に座って香水を調合してるんだけど、すごい喚覚を持ってる。それはすばらしいもんだ。その彼らが全員すごいヘビースモーカーで手から煙軍がはなれることがないんだ。

 

僕みたいだな。

 

 彼らに出来合いの香水をかがせると面白いよ。フーム、アイズ、アー・ビューティフル・クリーンが5%にハイドロップス何とかが何パーセントといった具合。中に入っている20から30種の香りをその率にいたるまで詳細にいいあてる。中には200から300種も違うものが入っている香水もあるんだけど、それでもすべて言いあてるんだよ。とにかくすごいよ。僕が組んでやってもらっている男はモーリスって言うんだけど、ふたりで2種類の香水を作っていてそのうちのひとつには数週間もかけている。できたのをかいだ時、僕にはひとつだけ気に入らない所があったんだ。それはアイザホン・アセテートという化学薬品から来るものだった。僕はモーリスにアイザホン・アセテートにはふたつの臭いがあるって言った。それは「暗い臭い」と「明るい臭い」ということなんだ。僕が欲しいのは「暗い臭い」だけなんだ。どうやったら「明るい臭い」を消せるかって聞いてみたんだ。そうしたら彼は言ったんだ。「そうだな。テピノル・アセテートを使ってみればいい……」ってね!

 

そりゃすごい。

 

 彼は嗅がせてくれって言った。彼は目をとじて、臭いを想像しはじめた。彼がそうするのを見てるというのはほんとに素晴らしい光景だった。彼は頭の中に臭いを思いうかべていた。

 

すごいね。

 

 僕が香水に興味があるのは…あーあ、僕に香水の話をさせはじめたらもう他のことはしゃべらなくなっちゃうんだよ(笑)。どうして興味があるかっていうと、香水を変える時には、実は物の見方も変わるということなんだよ。香水というのは大きな自己主張だからね。僕がつくりだそうとしている香水は、女性がつけると男性的成分が多く出てくるようなもので、また逆に男性がつけると多くの女性的成分が出せるようなものだ。「性」が互いに流入しあうような香水が作りたい。

 

アンドロジナス(両性的)なものなのかな?

 

 うん、そうだと思う。近頃ますます性的立場として男と女しかないなんてことはないと僕は思ってる。双方の間にありとあらゆる種類のゲームが存在すると思う。服従と支配の間にも、そして力と弱さの間にもいろんな考え方が存在してると思う。古い「男」とか「女」とかっていう考えにこだわってちゃ面白くないよ。

 

 うん、そうだと思う。以前僕はあなたが東京に来たときにレクチャーを聞きに行ったことがあるんです。その時にサミュエル・ベネットの構文と音楽について触れて、「方向感覚」の話をしたんです。おぼえてますか?

 

どんな語だっけ。

 

 つまり未来という方向をどうやってつかむかって話だったんです。今、臭覚の話を聞いていて思い出した。イーノさんは今、未来についての方向感覚をどのようにとらえていますか?

 

 嗅覚というのは未来の方向を判断するのに非常に有用な感覚だと思う。というのはネームレス、名前がついていないからだ。アートと結び付いた観念のあれやこれやがそこには入ってこない。もっと原始的な形でアプローチできる。より深い部分に触れることができるんだ。その深いものが何かということを認識できれば、自分自身の深部によりグイレクトに遡ることができるわけだ。

 

なるほど。

 

 そのためのテクニックがもうひとつある。僕は絵を沢山描く。かなり工ロティックな絵も描く。絵を描き始めると、僕はケシゴムをすごく使うんだ。あれを消し、これを消ししているうちに絵ができあがっていく。大抵の場合、自分が好きだということを認識していなかったような絵が目の前にあるんだ。描き終わってみると、いいな、これ好きだな、ということがよくある。わかるかな。
 何故かというと、のめりこんで描いてる時には、情報というのは脳の上部を経ないで処理される。言葉に翻訳されずにすむんだ。我われがかかえているほとんどの問題は、言語に変換するってことからきている。言語に変えられた時に感じたことそのものも変質してしまう。感じたことそのものを語ろうとしても、存在する言葉がこれだけしかないとすると、それにあわせてしまって表現する。感情自体を変換してしまうわけだ。もちろんあなたも同じ経験があると思うけど、仕事をしてると既存の言葉、言語に属さないことに出会うことがよくある。新しい言葉を作らなければならない。言語回路を経ないというテクニックを使って自分がほんとに興味をもっていることが何なのかってことがよくわかるようになるんだ。発見できるんだ。そしてそれについて語るのに新しい話し方を考えださなければならない。言語が経験を追いかけなければならないわけだ。通常の生活では言語が経験に先行しているけどね。

 

 これから10年後っているのはどうなると思ってますか?

 

 日本のことはわからないけど、僕の国とかアメリカのことだと一つ考ええていることがある。西洋ではファインアート、ポピュラー・アート、スポーツ、ホビーなどの間に非常にはっきりとした区別がなされている。今僕が感じていることと言うのは、これらがみんな混じり始めているってことだ。たとえば、デザインという言葉は、イギリスじゃあんまり品のいい言葉じゃないんだよ。アーティスト達は誰もデザイナーなどと呼ばれたくない。アートのヒエラルキーの中でデザイナーというのは一番下のものだと未だに考えられている。でも、僕はデザインって言うのはすごく面白いと思うんだ。例えばね、こないだのソウル・オリンピックの時に出ていた黒人のあの素晴らしく美しい女性選手、ジョイナー。イギリスじゃみんな眉をひそめてみてたけどね。(笑)彼女は今までのスポーツの言葉っていうのをことごとく破ってた。そんなことをもっともっとやならきゃね。

 

 ちょっと音楽の話にもどすと、あなたがはじめた「アンビエント」という環境音楽というのは世界中のミュージシャンにひじょうに大きな影響を与えていて、例えば音の響きのことをとってみても、「響き」を追求していくと「あっ、これはイーノだ」って言われてしまうことになった(笑)。

 

ハハハ、僕がたくさんのプリズナーをつくってしまったというわけだ。

 

 あなたが今言っていた、新しいネームレスな音楽というものを僕らは期待していていいんでしょうか?僕もやりかたはちがうんだけど、それを追求してる人閲のひとりなんだけど…。

 

 それは、また別の新たな名前のない音楽だよね。もちろんすぐに名前が付けられてしまうと思うけど(笑)変化しつつあることっていうとレコード作りからどんどん離れているってことだ。昔はレコード作りにすごく熱心で夢中だったけど今はそうじゃない。(イーノは座っている椅子が大きすぎるようでバタバタしている)この椅子はホントに座り心地が悪いなあ。大男用に作られてるに違いない。僕のことを実際よりもずっと大男だと思ってる人は多いんだ。イタリアの『ヴォーグ』氏のモデルの仕事の依頼が来たことがあるんだけど、用意されてた服がみんなダボダボで実際にあってガッカリされちゃって(笑)

 

大変だ。

 

 レコードの話に戻るとね。レコードっていうのは今の音楽の世界にとって余りに中心的存在でありすぎて、みんながそこからお金を得る中心になってしまった。だから、みんな自分たちの音楽をレコードのスタイルに合わせて変えてしまったんだな。考えてごらんよ。世界中の画家にこれからは12インチ四方のきれいで売れるものしか作っちゃいけない。それ以外は売れないから作っちゃいけないって言ってるようなもんだ。興味深いほんとに面白い絵描きたちはみんな仕事がなくなっちゃうことになる。だって彼らの作品はそんな枠なんかにはまるものじゃないんだから。レコードの存在自体がほんとに強い磁石で皆の関心を引き付けちゃったんだ。それに合わないものはつくらなくなったってわけだ。だけど、合わなくなってつくらなくなった物の中にも面白いものがあることをこのあいだ知ったよ。ソ連に行った時に、現地のバンドを沢山見たんだ。彼らは僕らとは全く違う音楽的な背景の中で育ってる。レコードは発売できないからあんまり重要視されていない。だから彼らは西洋にあるものと比べてはるかに洗練されたパフォーマンス・アートを発展させてきている。それは彼らがいつも2万人のスタジアムじゃなくてもっと小さい会場で演奏しているからなんだ。彼らのパフォーマンスは絶妙ですばらしいものがあるよ。したがって、彼らにはささやかな目の動きが重要になってくる。こういうバンドの一番面白い部分はレコードには収められない。パフォーマンス・アートだからね。次に待つべきはレコードというよりビデオの進歩かな…

 

でもレコード作ることはやめないで欲しい。

 

何かいいアイデアがあればつくるかもしれないよ……

 

 

そこでとりあえず対談は終わった。イーノは何杯目かの紅茶とウォーターを飲み干した。細野さんは何本目かの煙草を吸った。

 

 


Esquire 1989.11