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interview 1989


 

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ブライアン・イーノは相変わらずマイペースの活躍を続けているようだ。たとえばシンセシスト、あるいは作曲家、さらにはビジュアリスト・そうした枠の中にはおさまらない広角のスペクトルを持つ数少ない、アーティストのひとりであるイーノに、自らもパフォ一マーでイーノの友人でもあるカール・ストーンがインタビュー。

 

 

自分の作品以外では、どんなタイプの曲に興味を惹かれるの?

 

 アメリカが生み出した偉大な音楽、ゴスペルだね。息抜きには最近こればっかし聴いてて、もうかなりのコレクションができたよ。よく曲順をミックスして自分の気に入ったテープを作ったりしてるんだ。

 

 チャンス・オペレーション任せなの?それとも自分の好みにかなり凝るほう?

 

 うーん、それってチャートみたいな感じなんだよ。仕事中のBGMとして流してることが多いから、うまい具合にムードを創って自分を盛り上げたいからね。だから7曲目位に“今週のお気に入り”を入れるとかしてさ。実際、その曲になると気分が高揚してくるから、うまくいってるんじゃないかな。ゴスペルの他に聴いてるもの…今は特に見あたらないね。

 

 ホントにゴスペルだけ?

 

 いや…他にちょっと思い出せなくて。

 

 じゃあ自分の曲は?たとえば車の中でとか、他のプロジェクトにかかっている時に聴いたりもする?

 

 うん,時々はね。自分の作品は勿論だけど、一緒に仕事をしたり、親しい人達のをかけたりするんだ。売り込んでるように思われるかもしれないけど、ハロルド・バッドやロジャー・イーノとか。でもホント、ああいったサウンドは僕大好きなんだ(笑)。

 

 つい最近、ソ連に行ってたそうだけど,その辺の話を詳しく教えてほしいんだよね。聞くところによると、随分アルメニア地方の民族音楽にほれ込んだって話だけど。

 

 前からよく聴いてたんだけど,友人の家に招待されてね。その時かなりオンボロなレコードを持ち出してきてターン・テーブルにのせてくれたのがきっかけだったんだ。一曲目は悲壮で美しいサウンドでドードックと呼ばれる楽器のソロだった。それは少しオーボエをがっちりさせた感じのもので、1オクターブ低いんだ。骨太、かつ繊細でこの曲は美しく、悲劇的かつ素晴らしい響きがフィーチャーされた6分程の大作だったから、次はきっと軽快なダンスやジグのノリでくるなって踏んでたんだ。そしたら見事にはずれて1曲目といい勝負の悲しい曲が流れてきたんだ。アルバムを通してこんな調子でず一っと悲劇に満ちていた。僕は素晴らしいと思った−−−だって特にエスニックなアルバムは、聴き手を飽きさせないためにアップ・テンポなナンバーを散りばめるものだけど、あの作品はそういった意味でもすごく作るのに勇気が必要だったんだろうなって思うよ。飽きがこないように配慮されたありふれた作品に限って、僕は飽きちゃうんだ。そのレコードは40分間メランコリ一な暗いノリで押し通しちゃって、僕はすごいと思ったよ。

 

 全曲ドードックを使ったナンバーだったの?

 

 他の楽器の伴奏なしで全部それた'けだった。

 

 ずいぶん質素で味気ないんだね。

 

 そうかもしれないけど、それと同時に恐しいほどセンシュアルで豊かでもあるんだ。だって聴いてて、“ちえっ、楽器は1つしか使ってないのか”'なんて絶対思わせないサウンドなんだよ。こんなにいいレコードはめったやたらにはあるものじゃない。そこで僕達は西側諸国でもリリ一スされるべきだと思って版権を買ったんた。売ったソ連の出版会社の名前は異常に長くて発音が難かしくてちゃんと言えないんだけど、ともかく協力的な態度で、「とても光栄です」って言ってくれたよ。多分もうじき発表になると思うんだけど。

 

 交換条件としてブライアンの作品を向こうでリリースする、みたいな契約はしてこなかったのかい?

 

 それは思いつかなかった。あ一、交渉して来ればよかったなぁ……

 

 まあ、次の機会にでも。そのアルメニアのアルバムはいつリリースされるんだい?

 

わからないけど、2、3ヶ月後ってとこかな。彼らはその元のテープがどこにあるかわかんなくて捜してくれたんだ。きっとあれだけ見つけるのに苦労してた所を見ると、かなりリリースされてから時間が経ってたんだろうな。

 

 一人のアーティストが全部演奏してるの?

 

 そうだよ。ジヴァン・ゲスバリアンって言う人で、今何処にいるのかとか何もわからないんだよね。ジャケットには「アルメニア地方で売れっ子の有名なアーティスト」って印刷するつもりだけど他に何を書いたらいいのかな?

 

 君は様々なスタイルの音楽にチャレンジしてきたわけだけど、ボーカルの入ってない曲ばかり一時期やってたよね?

 

 僕は個性を完全に消した音楽に挑戦したかったんだけど、自分の声が曲中に存在する限り、それは不可能だと思ったからなんだ。やっぱりボーカルが入っていると聴く側は詞に耳を傾けてしまうものだからね。言葉を発する、という事は、人の注意を促す、という事で、僕は人が一切注目しない様な音楽を作ってみたかったんだ。

 

 それによって印象も薄れたりはしない?

 

 でもそれと同時に、人々の心に鮮烈なイメージをゲシュタルトの内に植え付ける事も可能になる。それが“第一印象”として記憶に残るわけだけど、詞がある場合、それが先人観になっちゃうんだよね。簡単には解決できない問題だけど、僕は可能な限り詞を目立たせない様にしてみた。だから誰も詞を聴.きとれないように考慮したはずだったのに、フタを開けてみたら、人をイラ立たせるだけだったんだよ!みんな、スピー力一に耳がつくほど近寄って詞が何を言おうとしてるかって判別するのにやっきになってた。僕は言葉を使ってクリエイトしたい、が言語としてでしゃばるようなものは使いたくない、といったジレンマに陥ってしまった。未だにいい方法が見つからなくて、しばらく歌詞なしの曲に切り換えてたんだ。

 

 解決法の一つとして、もう試してみたとは思うけど、人工音声は?うまくいかなかったの?

 

 うん、トライしてみたけどね。人工っぽいドゥーワップが好きなのは,その理由からなんだよ。バッキング・ボーカルの人が歌うのとか、ナンセンスな言葉のアイディアとか、すごく面白いと思うんだ。そうそう、音楽に興味のある人は一度は読むべきだって思うほどすごく面白い本があるんだ。「Folksong、Style and Culture」(フォークソングにおけるその様式と文化)っていうタイトルでアラン・ロマックスが書いたんだけど、他にこの本を読んだ事がある人に一度も不思議と会ってないんだよね。歌のスタイルを27も分析して,それを社会背景に結び付けていろいろ解説してるんだ。たとえば不協和音はどういった文化でよく使われてるか、どの社会で滑らかな音楽が多く発達したのか、とかね。かなりその関連づけには説得カがあって、前者は主に狩猟民族の間で発展したって言うんだ。ペルシャの真珠採りはガサガサした声で、アメリカン・インディアンにも同じ事が言えるんだってね。きっと狩リを主とした社会では、男性の方が重要視されていて、生きてゆくために頑丈で、太い声を必要としてたからなんだろうな。それと反対に女性優位の社会では多重音声やハーモニー、歌の中のハーモニクスが発達したって書いてあった。他の章ではね、ナンセンスな音節がその社会に占めるパーセンテージとかが載ってたよ。階級が分化すればするほど、無意味な音節が減っていくんだって。その筆者が研究した文化は250位あって、かなりその証拠を裏付けてるらしいんだ。だから中央アフリカのピグミー族の歌は言葉も含まれてるかもしれないけど残りは全部スキャットなのかもね。ヨーロッパ古典音楽と比較すれば、その割合がかなり変化するんだろうな。

 

 つまり解決策は声を完壁に取り除くって結論に達したわけ?

 

 う一ん、それはあまりいい方法には思えないんだ。せっかく声があるのに使わないのはもったいないし、それに僕は歌うのが好きだしね。でも残念な事に、僕は注目に値するレベルの音楽をデザインできないし、そのレベルに行きつくまでの才能がまだ備わってないんだ。きっとこれはこれからも悩まされる問題だけど、解決法の1つ又はそのアプローチとしてはやっぱり音楽に言葉を入れないで、音楽アンド・タイトルというやり方じゃないかな。タイトルはその曲そのものを表現してるわけだし、歌詞は音楽とは別の次元に存'在するものなのに、聴き手のとらえ方を変化させてしまう……今はいろいろ答えを探してる最中なんだ。

 

 音楽以外でもいろんなアートに挑戦してるけど、ビデオを使ったオブジェも6年前に東京のラフォーレで発表したよね?あのために曲も自分で書いたの?

 

 うん、作品にはすべて音楽を何らかの形で付けてるよ。あのビテオの画像は女性を起用して、7つのパターンに振り分けてテープをゆっくり流したりしてみたんだよ。木曜の午後まるまる使って撮影したからタイトルが「Thursday Afternoon」っていうんだ。ビデオを使って絵を描きたかったわけだけど、人間はテレビというとそこから発せられる情報を期待するんだよね。で、ビテオには画像じゃなくて光のイメージを使うことにした。勿論、光はイメージに含まれるけど“光”ってその重要性が見落とされてしまうんだよ。まあ20年前までは音楽はサウンドで成り立ってるって事が全然認識されてなかったんだけど。

 

 それに時間。

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 うん、その通りだね。音楽はメロディ、ハーモニー、そしてリズムから出来てるって固定観念があって、この20世紀に至るまでそう思われてたのはまあ自然な事だと思うけどね。音色とはこうあるべきだ、音質とはこういうものだ、って厳しい規制があって、それを越えると音楽とは認めてもらえなかった。クラリネットはこの音域、バイオリンはこの範囲、ピアノはあの音域にして下さい、あれはトランプと言いまして、こういう風に遊ぶんですよってな具合さ。今ではそんな規制は通用しない。いいエレキ・ギタリストのプレイは1つの楽器を弾いているようには聴こえない−−つまり彼はありとあらゆる楽器の可能性を無限大に取り入れて、その沢山の要素の中から自分のギターを通して曲によって弾き分けたり、曲に応じてそれに含った楽器をデザインしていくって事なんだ。彼の創り出すサウンドはそういった過程を経てこそ放たれるわけで、それは2つの別の楽器をこなすよりも、一本のギターでいろんな角度から研究した方が可能性が広がるんじゃないかな。僕の意見を言わせてもらえれば、この事実を完壁に、古典音楽学者は見落としてたんだよ。これまでの慣習を打ち破ったロック・ミュージックには目もくれず、未だに1732年にだって存在していたメロディ、ハーモニー、リズムといったものに気を取られている。ハーモニーなんて過去の遺物の既製品に過ぎないのさ。だから口ック・ミュージックの最も面白い部分を見落としてしまって、残念な事にロックの曲1つ1つが新たなサウンドの世界を形成してる事実にこれっぽっちも気付いてないんだ。彼らにとっては繰り返された模倣にしか見えないんだよね。

 

 以前、ジョン・ケイジは彼の哲学観で、どんなサウンドにも不可能はない、ありとあらゆるサウンドが音楽として通用するって言ってた。今、君もスゴ腕のギタリストはそれに合ったサウンドを必ず見つけ出してくるって言ったけど、それは可能性が無限な世界から状況に合った音楽を選び出していくのは、作曲家の使命だって言ってもいいってことかな?

 

 そうだね。もう一つ別の問題もあるよ。音楽の地域性もかなりその可能性が広がってきたってことなんだ。1890年にある人が曲を書いたとすると、彼はその音楽が行き着く先を容易に読みとれたと思うんだ。その作曲家は、どんな人達が、どんな場所で自分の曲を聴くのか予想できて、それも多くはプレイされないことも理解してたんだ。
 同じ曲を12回くらいしか、自分の人生の中で耳にしなくても,それは当時では別に驚くべき事でもなかったんだよ。結果的に見て,クラシック音楽は同じパターンが幾層にも重複していただけなんだ。人々が同じ曲を何度も聴くとは思えないから、作曲する側も曲に反復を入れないと受け入れられない、と考えてどんどん固定化されていったんだ。
 サウンドをデザインするだけでなく、それが到達する場所を配慮しなきゃならなくなったのも面白い問題だと思うよ。「何のための音楽なのか?」という課題は重要で、ウォークマンで聴きながら散歩をしてる人が目標なのか、それともコンサートホールに出向く聴衆なのか、家のスピーカーの前でくつろいでる人がターゲットなのか、それとも掃除機をかけてる人、買物をしてる人、って具合にどんどん多様化してるんだ。

 

 メディアという観点から見ても、前よりはそのコントロ一ルがきくようになったかもしれないけど、レコード、CD、ラジオ、と分化してきてるよね。ベッドの横のラジオからか、カー・ステレオでガンガンかけてるのか,台所で皿洗いしてるのか、まったく受け手側の状態は把握出来なしって事に対しては?

 

 その通りさ。そういった細分化も含めてありとあらゆる作曲面での問題が生じてきちゃうんだよ。

 

 そういったすべての状況に合った音楽を探し出すのは作曲家の責任だと、思う?

 

 それがポップ・ミュージックなら答えはイエスだね。ポップ・ミュージックというものはあらかじめ多様なシチュエーシヨンで流されるって事が分かってるものだから、僕はそう思うよ。

 

 ただ、いちいち「洗灌機ミックス」だとか「力一ステレオ・バージョン」とかあるいは…

 

 つまりさ、仮にラジオのみでオンエアされるって前もって知ってる場合、ヘヴィなべ一スのシグナルをラジオのラウド・スピー力一が再現できないのに入れたりするのはマヌケだよね。コンポーザーの多くは僕の意見では、間違ったやり方で仕事をしてると思うんだ。レコードを作る側の人間は今だに、人々は店に行って1週間貯めておいた金でレコードを買い、ステレオで座って聴いてると信じてるんだ。そういったケースも勿論あるだろうけど、聴き方はそれ以外にも千差万別だと思うんだ。僕みたいに、レコードを買ってきて他の事をしながら流しておくって人も多勢いるはずだし、その中で気に入った3曲をカセットに録音しておいたり、僕が皿洗いをしてるとき、あるレコードのA面をかけるとのれて仕事がはかどる、とかね、いろいろあると思うよ。作曲家達は昔みたいに人々は全神経を集中して音楽を聴く人は減っているって事になかなか気付かないみたいだね。

 

 コンサート・ホールに出掛けた時のそうした経験も1度や2度じゃないでしよ?

 

 そうなんだ。まるでまったく別のスペクトルの中に自分が居るような斬新な体験なんだよ。そう、エレクトロニクスが新しいサウンドの可能性を実現させたのと同じ様なね。そのスペクトルの一部を“ニュー・エイジ”って名付けたけど皆も言うようにチープな言い方だよね、ホント。僕にとってポップ・ミュージックもクラシックもあまり面白いタイプの音楽じゃないんだよ。あまりその枠の中での作品の多くがつまらないからってカテゴリーそのものを非難するのもいいとは言えないけど。だけど“ニュー・エイジ”そのもののアイディアはなかなか面白いんじゃないかな。`60年代には理想と思われていた形で人々は現実にそういう風に音楽と接してるわけだし、当時は「なんてこった。なんで人は長い間集中力が続かないんだ」なんて嘆いてたんだから結構、進歩したもんだよ。今じゃ規制も少なくなった事も手伝ってかなり長い間でも音楽に耳を傾けていられるし、詞がなくても、強弱のビートの起伏やメロディがなくても、その“ニュー・エイジ”のおかげで慣れてきて、そういった音楽も普及してきてるんじゃないかな。

 

 自分のやってる音楽をニュー・エイジというジャンルにカテゴライズするの?

 

いや、それはゴメンだね。招かれたとしても、どのクラブの会員にもならないつもりさ。

 

 次に共作の長所や短所を訊きたいんだけど、君は自分のアイディアには強いポリシーを持ってるよね?過程や段階を大切にしていくイメージがあるんだけど、たとえばハロルド・バッドなんかは直観的で、その場に応じて臨機応変に曲作りをするタイプだ。両極端な二人が一緒に共作するのは想像しがたいんだけど……

 

 第三者から見るほど、そんなに正反対じゃないんだけどな。僕だって重要な判断はほとんどカンに任せるし、最終的には「自分は好きか、嫌いか」といった簡単だけど一番論理的な決断に行きつくんだ。もし気にくわなければどんなに巧みに仕上がっても捨ててしまう。ハロルドにも同じ事が言えるだろうけど、興味をそそられるような、何かがなくっちゃ駄目なんだ。それに思ってる以上にハロルドって論理的なんだよ!

 

 あのハロルドが……ねえ。

 

 う一ん、ハロルドのバック・グラウンドはミニマリスト・ミュージックって呼んでいいんじゃないかな。とても概念的な呼び方だけど、一晩じゃ忘れないだろ?もしもお互いが自分のパーソナリティに基いて仕事をしても、きっとオーバラップしないだろうね。左きき、右きき、と同じことで、もう一方の手も使えるけど、やっぱり自分のきき手の方が力がある、みたいなね。

 

 じゃあ、とてもいい関係なんだね?

 

 そう言っていいんじゃないかな。あんな素敵な音楽に生命を吹き込む事が出来る才能ある人間と仕事がやれて、幸せに思ってるよ。今まで自分の気付かなかった可能性を引き出してくれたり、音楽は美しいものだって改めて教えてもらったりして、僕はサウンドやその音質の課題に没頭する事ができたんだ。役割分担もはっきりしていてハロルドは曲のアイディア、構成や音質は僕のアイディアってね。2枚目の作品を共作したダン・ラノワとも同じ様な過程で制作したんだ。

 

 アルバムを作る時、全体の構図は頭の中に描いてからとりかかる?それとも曲作りをしながら1つのアルバムとしてまとめていくの?

 

 僕はイギリス人だから、何も考えないたちなんだ。君みたいなアメリカ人って常に何かを感じてないと気が済まないんだよね。あ、いい話があるよ。友達がワイト島に行って仏教僧に会って、そのお坊さんは「始めにあなたが学ばなくてはならないことは、考えることをやめることです」って言ったんだ。友達は1ヵ月位滞在して、考えることをやめたんだけど、次に「では、,感じる事もやめなさい」って言われたんだってさ。つまりシリアスに答えると、今まで満足したいい作品は自分では何も深く考えずに作ったものなんだ。確かに自分のやってる事についての手掛かりは少しは必要だけどね。
 最近『オン・ランド』が気に入ってるんだけど、あれはスタジオで『アナザー・グリ一ン・ワールド』や『ビフォア・アンド・アフター・サイエンス』に続く次のレコードのシリーズものに取りかかってる時にアイディアが出て来たものなんだ。順調に物事が進んで行って、1日の終わりにレコーディングしたものをいじくって、テープを遅く回転して遊んでいた時に、ふと無駄な楽器を取り除いて、ヘンな残った音をとっておいて、いつの日かサントラ盤のために保存したらいいんじゃないかって思ったんだ。“サウンドトラック用に”というのがいつも僕の手掛かリだったし、そこから色々、ヘンな音楽を実験する言い分けにもなった。そうやってたまったテープの山を聴いて、メインの仕事も忘れて、のめリ込みながらその奇妙なサウンドをずっといじっくってた。聴けば聴くほど妙な音で、当時はあれをレコードとしてリリースするなんて気はかけらもなかった。
 あの頃はニューヨークに住んでて、ボブ・クワインっていうギタリストと伸が良くて、彼は「今までの最高傑作だ」て言ったんだ。ボブはいいヤツでリチャード・ヘル&ザ・ヴォイドイズのオリジナル・ギタリストで、ルー・リードやいろんな人と仕事をしたユニークな男なんだ。いつもサングラスをかけてて、昔は弁護士だったんだ。前は弁護士だったギタリストなんて、ちょっといないよね!僕もそのテープがかなり気に入ってしまって、このレコードはサイド・プロジェクトとしてスタートしたんだ。パーツを組み合わせて1つになると、ちゃんとした個性が出てきた。でも僕は、「この音楽をどうするつもりなんだ?何か意味があるのか?人にどうやってこんなもの聴かせるんだろう……自分も完成した後ちゃんと聴くだろうか?」って悩んでしまった。それから、自分はちょっとした風景画を描いてるんだ、人々の耳で訪ねられるような場所を作ってるんだって考えるようにしたんだ。そう思えるようになってから早いぺ一スで仕上がったんだけど、2年間リリ一スするのをためらって、あたかも僕はあまり力を入れてないようなふりをしていた。これも1つのレコード作リの方法だよね。それから『ミュージック・フォー・エアポーツ』は飛行場のために特別な曲が必要だなって感じで、いろいろアイディアを出した中から生まれたものなんだ。

 

 『リメイン・イン・ライト』と『ブッシュ・オブ・ゴースツ』にはアフリカン・ミュージックの影響があるけど、実際に体験したものなの?

 

 1972年に僕はアフロディジアックスというレコードを買った。ナイジェリア人のフェラ・ランソン・クティ&ザ・アフリカ70の作品でね。それが初めての出合いだったけど、ともかく僕は1回聴いただけでえらく気に入ってしまった。これを使わない手はないぞってしばらくはそればかり聴いてた……まあ、今も頭から離れないんだけどね。そのフェラ・ランソンのバンドは20人編成で、そのうちの15人位がリズム・セクションなんだ。リズム・ギターが2,3人にパーカッションが5人,それにべ一シストって構成で、もうリズムのうねりがすごいんだよ。それに僕はあんなに生々しいブラス・セクションは初めて聴いた。一緒に共演できたら、素晴らしいのにっていつも思うよ。そのブラスは僕が体験したプレイの中で最もインダストリアルだった。巨大なトラックを連想させる、と同時にリズム構成は複雑かつ相互依存関係にあるんだ。部族民謡なのに……それは大都市のラゴスで作られたものだった。僕は「何てすごいハイブリッドな音楽なんだろう。ファンタスティックだ」って思った。ジェイムス・ブラウンも前に主張したようにアフロ=アメリカン音楽がアフリカに帰結する面白い例、それがフェラ・ランソンだった。トーキング・ヘッズのメンバーを初めて僕の家に招待した時、最初にターン・テーブルに乗せたのがこのレコードで「これは絶対聴く面値あるよ!」って僕はいち推ししたんだ。リビング・ルームで皆、腰を下ろして耳を傾けたんだけど、後のトーキング・ヘッズのアルバム、特に『リメイン・イン・ライト』にその影響がかなり色濃くでたよね。

 

Carl Stone

1953年、ロサンゼンルス生まれ。カリフォルニア・インスティテュート・オブ・アーツで作曲を学ぶ。ケージ、ゼナキス、リゲッティ、ライヒ、グラスらの影響を受けて作曲活動を始める傍ら、初期のブックラ・システムを使ってシンセサイザー・エレクトロニクスの知識も身につける。その後はコンピューター、シンセ、サンプラーを組み合わせたMIDIシステムを使ったライブ・パフォーマンスを開始。アメリカはもちろんのこと、世界でも注目を集める。現在(1989年4月当時)エイジアン・カルチュウアル・カウンシルのバック・アップにより日本に滞在中。高橋アキら、日本人アーティストとの交流もあるようだ。

 


           Keyboard Magazene 1989/4  Translation by Hatsue Fujibayashi