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interview 1988



------その、“何を意昧するのか?”っていう質問だけど、正しくは“何の象徴なのか?”っていうことだろう?私の観念ではアートは何らかのことを行なうことであり、何かを意味するものではない。アートの意味というのはそれが何を行なうのか、なんだ。見物人あるいは観客の、ある種のコンセプチェアルなふるまいにとってのカタリスト(触媒)なんだ。

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こういったことを、トップ10レコード・ブロデューサーが気にかけるとは思えない。案際、多くの意昧でトップ10ブロデューサーとは違うのだが、ブライアン・イーノは、それでも間違いなくポピュラーなアルバムをプロデュースしている。主なものをあげると、U2が2枚、トーキング・ヘッズ3枚、デピッド・ポウイ数枚。しかし、今日のミュージック・シーンの中で、イーノが強い興味をそそる存在となったのは、ヒット・レコードをプロデュースしたからではない。プライアン・イーノは新しい種類のミュージシャンで、哲学としてのテクノロジーと音楽としての音とのハイブリッド的な存在だ。彼のアンビエント・ミュージック・シリーズは、ニュー・エイジの試作品であり、ジョン・アダムス、マイケル・ナイマン、ギャビン・ブライアーズといったアバンギャルド、ディーポやウルトラヴォックスなどのパンク・レコードをブロデュースしている。イーノは、不確定性、ミニマリズム、ロック、エレクトロニクスの要素を合成し、音楽の統一分野の原理を作り上げた。



過去16年間の大部分にわたり、イーノは流行音楽の中で、華やかに活動してきた。彼は、プライアン・フェリー、フィル・マンザネラ、アンディ・マッケイと共に、ブリティッシュ・ロック・グルーブのパイオニア、ロキシー・ミュージックのオリジナル・メンバーだった。彼らは不明瞭な性別とフユーチャー・ショックを賞賛し、1972年の時に1984年に向けた音楽を作っていたのである。この時代をとらえた有名な写真の1枚に、画家のサルバドール・ダリと、メイクアップして肩まで髪を伸ばした両性具有のイーノとが、紅茶を飲んでいるといった、まるで『時計じかけのオレンジ』的デカダンスの典型のようなものがある。

 

「今でも、なぜメイクをしないのか?といった手紙をもらうよ」とイーノは笑う。マネージャー、アンテア・ノーマン・テイラーのロンドンにあるフラットで紅茶を飲むイーノは、チャーミングで非常に表現カがあり、額の生え際が後退している。プレッピー風の服を身につけたこの人が、ファースト・アルバム『Here Come theWarm Jets』で「Needl in the Camel’sEye」や「Dead Finks Don’t Talk」、「Baby's on Fire」などの詞を口から発していた人と同一人物とは、なかなか信じ難い。

 

「そうだね、先週私がしたことですら、ほとんど別人がやったみたいに思えるからね、確かに」と彼は、無関心な様子でポツリと答えた。「ある意昧ではそうなんだ。自分の中にはたくさんの声があって、状況に応じてその中からあるものが前面に出てくるんだ。自分の中でそれをミックスして調整している。私は、いつも自分を48トラックのテーブのように感じている。いつもそれを自分の中でリミックスし、周囲の状況がさらにリミックスする。だから今でも、ああいう人間の部分を多少は意識することはできるが、今は重点が移っている。あの人問は、非常に極端なミキシングだった。あらゆる可能性が私を形成しているが、それにしてもあの人問は、ある種極端なミックスだったと思う」

 

“あの人間”は、セカンド・アルバム『For Your Pleasure』の後、ロキシー・ミュージックを脱退、多彩としか言いようのないソロ・キャリアを歩み続けている。最初の2枚のソロ・アルバム『Here Comes The Warm Jets」と『Taking Tiger Mountain(By Strategy)」では、オール・スターを集めて、風変わりな「Cindy Tells Me」から悪魔的な「Third Uncle」まで、さまざまな曲を収録している。75年のサード・アルバム『Another Green World』までにイーノは変わり、それが音楽にも反映した。デカダンスのアートというより、彼は禅のマスターのようであった。



『Another Green World』に参加したギタリストのひとり、ロバート・フリップは、「音楽に関するテクニックという点では、ブライアンは特に強力なバックグラウンドを持つ人間ではない。だか、良い味わいをもったものかできる。良い味わいに、何が正しいかという認識、これを持つミュージシャンは本当に少ないが、イーノにはこれがある。だから、イーノとの仕事で、正しくて少ない数の音を聴くのは新鮮だ。私の知り合いの大部分のミュージシャンのように、間違った数多くの音を出すのとは違ってね」

 

'80年のアルパム『Forth World Volume1:Possible Music』以来、イーノとの共同製作を続けるジョン・八ツセルも同意見だ。「物事が、どんなとき退屈になり、どんなときにエキサイティングになり、どのくらいの長さ続くか、といったようなことについて、イーノは特別いい感覚を持っているんだ。もしかしたらちょっと見当外れかもしれないけどね。彼なら、自分はプロフェッショナルのミュージシャンではないからこそ、スペシャリストでない者の視点で繰作できる領域を作っていくんだ、と言うかもしれない」

 

『Another Green World』で、イーノは、自ら言うところの“ノン・ミュージシャン(非ミュージシャン)”になった。つまり彼は、伝統的な楽器を思いのままに操ることはできないが、自分のやり方として、シンセとレコーディング・スタジオの活用により、サウンドと楽器をコンロールできる。

 

「自分がノン・ミュージシャンだからと言って、ミュージシャンには興昧かない、とは思わない。私か言いたかったのはこういうこと。伝統的な音楽の才能とは違う新しい才能を必要とするような、新しい可能性があるということだ。そのひとつがスタジオの使用についてだ。当時、つまり、70年代前半は、24トラックのスタシオが出始めたぱかりで、プロセシングの拡大を含め、今ならスタンダードなスタジオでの作業の始まりの時期だったんだ。こういったテクノロジーやテクニックは、伝統的な音楽のテクニックとは何の関係もない。だがミュージシャンにとっては関心の的だ。だから、こういう技術に優れた人たちでもって、我々は拡張ミュージシャンというものを作り出した。彼らは、すでに知っていることならこなすことができる。ただ、テクノロジーが、単に目分のやっていることを送り出す付属品ではなく、自分のやらんとしていることの一部を担っている、というコンセプトにまでは精通していなかった」

 

イーノは、70年代のほとんどを、自分のアルバムや共作アルパムで、このコンセプトの実現に費した。元キング・クリムソンのロパート・フリッブとは、テーブ・ルーブによるアルバムを2枚、『No Pussy footing』と『Evening Star』とを作った。イーノは、「フリッブとの作業で、ふたりはひとりのミュージシャンになった。ふたりのミュージシャンが一諸にブレイしているのとは違うんだ。あのときは、彼のやっていることを私が聴いて、スタジオやシンセの活用で可能になるような範囲のことを、何らかの形で発展させていく、というやり方だった」と語る。

 

イーノは、このやり方でどんどん活動を続けた。彼の手順や、サウンドのコンセプトを受け入れられるミュージシャンを探したのだ。ウエスト・コーストのピアニスト兼作曲家、ハロルド・バッドも、アルパム『Plateaux of Mirror』と『Pearl』でイーノと共演したひとりだ。イーノの操作は、パッドのピアノを、忘れられないような音響の幻覚の中に案内した。「ハロルド・バッドとの間で、私がよく演じた役割も同じだ。ミュージシャンにとってもいい立場だったと思う。私のやっていることに同時に反応することかできるわけだから。つまり、“君は君で勝手にブレイしてくれ。あとで私がスタジオで細工するから”というのは違う。こんなやり方は普通じゃない。普通っていうのは、みんながプレイをしているときと同時に、私の方でもサウンドを作ったり出したりしながら、それぞれのブレイに反映させていく、という状態のことだ。そうなれぱこの両者の関係はライプ・サーキットになる。だから、ふたりでひとりのミュージシャンだ、と言っているのさ」

 

ハロルド・パッドの方も「僕はプレイすると同時に、イーノの操作による音を聴いていた。それ、が自分のブレイに色あいを加え、影響を与えたんだ。すぺて同時にね」と同意している。パッドは、その場でビアノの密集和音を作り出すイーノのやり方のひとつを説明してくれた。「墓本的には、フィードバック・ルーブを何台かのコーラス・ポックスに通すだけのことなんだ。だから、ある音にはコーラス・エフェクトが加わり、ポードに入る前にさらに何回か加わる。あとはコンソールのフェーダーをどう使うかの問題だ。フェーダーをめいいっぱい上げると、とてつもなく大きくて複雑な八一モニック体系が得られる。コーラスがかかっているせいで、普通では聴こえないあらゆる音が聴こえるんだ」

 

バッドはアンビエント・ミュージックにも協力している。これはそもそも、75年に発表したアルバム『Discreet Music』でも見せたミニマリズムヘの傾倒をもとに生まれたものだ。イーノは、ルポックスのテープ・レコーダーを2台並べ、1台目にシンセで音楽をレコーディングし、そのテーマを2台目のレコーダーに通してブレイバックし、さらにそのテープを1台目に戻してエンドレスにした。これはテリー・ライリーの『A Rainbow in Curved Air』やスティープ・ライヒの『lt’s Gonna Rain』で用いられたブロセスのバリエーションだ。イーノは常にミニマリズムの影響を受けている。人前で演奏した初の作品『X For Henry Flynt』はラモント・ヤング作曲で、前奏でピアノを叩いている。

 

続く