あなたの作品はあなたの独特な表現方法によるところが多いがこれから先、あなたの作品が他人に演奏されると思いますか?

 

そうはならないと思う。私の作品は絵を書くのと同じようなもので、それを演奏する事とは何にも関係がない。絵の場合、誰かがある作品を解釈したとしても、画家がその作品を手がけた時の意図とは違うのだ。だから画家は自分の作品だけが唯一の完結した決定的な作品だと思うのだ。

 

あなたは音楽作りの手段の中のどのステッブが音楽家にとって最もよくある失敗の原因だと思いますか?

 

それはいい質間だ。確固たるアイデアとそれに打ち込む意気込みという初歩的な点が問題だと思う。私が耳にする多くの音楽は、良い要素を持っているが“ソウル”が感じられない。確固たるアイデアを初めから持つ事が一つのソウルだ。自分自身がこの分野で働く事が精神的に有益であると信じる事だ。音楽をやる事で、普段、安堵感のなかった自分の心にやすらぎを与えて解放してやる事だ。
言葉を変えれば、それは自分自身への確信だ。それがあればどんなものとでも仕事が出来る。最近、私はゴスベル音楽をよく聞いてるんだ。その中の幾つかの録音状態は、全くひどいもんだ。音響システムは情けないぐらいひどいもんだし、プレスも雑だ。全てが良くないんだ。良い作品を作る為の材料は何一つないのにそんな事を気にさせないぐらいの“何か”を持っているんだ。

 

正直になる事がすなわちソウルですか?

 

それも一部だ。正直になるという事はある意味で要らない事を考えないでおこうという事だ。今、アーチスト達が批評の対象になるには二つの当然とも言うべき方法がある。一つは″安全”にやる事で枠の中でうまく仕事をこなすことだ。もう一つは“ラディカル”にやる事だ。どちらも無難なところに居る事に変わりないが。「俺はいい仕事をしてるぜ。いかしてるぜ」と言って、聞く側からも「これはいいダンス音楽だよ」と言われる。それ自体はいいと思う。ダンス音楽のレコードを作る事には文句などない。ラディカルな立場に居る者にしても「俺は自分の信念に忠実にやってて、それは俺にとってすごく大事な事だ」とか言える。人も又、「よくはわからないけど、いいですね」。と言う。難かしいのはこの両方の立場の間をいく事で、この中間点に属している音楽が私は好きなんだ。つまりただ単に言葉の上でラディカルなだけでなく偶発的に結果としてラディカルで且つ親しみのあるものがね。この辺の領域が批評家達には中途半端に思えるんだ。

 

どんな例がありますか?ゴスペル音楽は批評の対象にも入ってませんからね。

 

そこなんだ。ゴスベルは、ちょうどさっき言った私の好きな領域にあるんだ。非常に新らしいのにそうゆう意図はないんだ。ゴスペルグループの連中がスティーブ・ライヒの話しをしてる事など考えられないしゃないか。

 

エッセイであなたは「オン・ランド」を作る上であなた自身に幾つかのル−ルを設けましたね。あなたはそうする事で自分の創造性を解放出来るのですか?

 

この場合はそうだった。私はスタジオの使い方に少し感情的になっていた。今日のロックのレコードを作る上での重大な問題がそこにある。スタジオの技術が発達し、まちがいを消してやり直しが出来る為、作る側が安易になりやすい。ライブ録音や古いレコードなどはやり直しがきかないので作る側に緊張感が満ちあふれている。それは後で聞き直したりフィルムなどで見れば絶対に感じれるものだ。私の好きな音楽は、作る側が何らかの音を出した瞬間一本の線で聞く側に伝わってくるものだ。そういう音にはリアリティがある。      

 

じゃあ、やり直しがきくという事を知る事が失敗の主な原困の一つですか?

 

そう。だから実際すごく危険な所だと思うんだ。もしあなたがそうゆう立場なら自分でうまく工夫して事を進めなければならないと思う。

 

あなたはまだ「オブリーク・ストラテジー(注)」(問接的策略)を使いますか?

 

ええ。でももっと慎重だ。ファイルはもう使わない。ほとんどのものが頭の中に入っているので、ノートは引っぱり出さないよ。仕事中に色んな事が頭をよぎるのでそのつど考えながらやっている。

 

「オン・ランド」は商業的にどうだと思いますか?・

 

私の他のレコードに比べても大変落ちると思うよ。ほかのレコードもそんなにいいとは思わないがね。私の知名度だけが私のレコードセールスよりも何倍も大きいんだ。この前ルー・リードと話してたんだが、彼が入ってたベルベットアンダーグラウンドの最初のレコードは発売から5年間で3万コピー売れたと言っていた。それからここ数年の内に大分延びたらしいがね。でも本当にこのレコードは多くの人にとってすごい価値があるよ。最初の3万コビーを買った人達は、みんなバンドを始めたんしゃないかなぁ!だから私は思うんだが、物によっては正当な報いは二次的なんだと思うよ。

 

「オン・ランド」での音楽は非常に誘発的だと思います。あなたはここでの音楽と映像との関係をどう思います?あなたは映画のスコアーを書くことに興味はありますか?又、映画音楽は普段の音作りと別の追求の仕方があると思いますか?

 

イヤ、別々ではないと思う。良いフイルムの音楽を作りたいとは思っている。幾つかの原稿を送ってもらって読んでみたがあまりおもしろくなかった。残念ながら原稿を送ってくれている入達は私の6年位前の知人達でね。彼らの映画は全てパンクロックのものでニューウェーブの曲を書かなくちゃならない様なものだった。

 

あなたは外からのインプットをどういう方法で処理するのですか?

 

自分ではそんなに見たり聞いたりしてないと思ってるけど、多くを無意識で処理してるかもね。現実逃避に聞こえるけれど実際には見たり聞いたりしたものをいつも価値判断している。今私にとっての主なインプットは音楽からではなく絵やフィルムからだ。この二つに多くの時間を費やしている。私はギャラリーに行っても一つずつじっくり眺めるというより、ただ見回わして、もし何か目に止まれば、じっとながめるんだ。私はギャラリーに行く時小さな折りたたみ椅子を持って行くんだ。今の私は何か全て吸収する事はほとんど不可能で疲れる作業だし役にもあまり立たないと思う。少ない物に集中することにしている。何力月問も私は同じレコードを聞いているんだ、ゴスペルとアラビア入がコーランを唄っているレコードだ。

 

この時点であなたの生活を変えるとすればどういう事をしたいですか?

 

静かで人ざと離れた所に注む場所がほしい。それをまだやっていない事自体おかしな話しだがね。あの小さな部屋がその代わりのつもりなんだ。もう一つ変えたい事は、すぐに注意散漫になってしまう事だ。わたしはよくぶらっとニューョークの街を散歩するけど何となく落ちついてゆったりと物事を考えられるんだ。同じに色んな物が目の前を通り過ぎていき、気になるんだが、自分ではそんな細かい事にまで不思議がらなくてもいいと思ってるんだよ!



(注)オブリーク・ストラテジーはイーノと今は亡きピーター・シュミットが二人で考案した“100以上の役に立つジレンマ”という内容のファイルである。幾つかの間題に対する策略として次のような例がある。「確立した原則を取りのぞけ」、「集団分析」、「独特な表現形式を溝造化しろ」、「何か退屈な事をしろ」、「明白な変化を防ごう」、「一度に一点しか工夫出来ない」、「水」などである。