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interview
1981


 

 

まず、私はニューヨークに滞在する為に行くつもりは全くありませんでした。ニューヨークに行ったのは2、3仕事があったからで、それもニューヨークでしなければならない仕事というのではなく、気を落ちつけてしばらく居られそうな所、というのでニューヨークに目をつけたわけなのです。ところが、そこでの生活は非常にエキサイティングなものだったのです。まったく思ってもみなかったことだったのですけれども。まず、これは、とても恐しいことでもあるのですが初めの一週間少々が過ぎた時点で、興味深く風変わりな、一言で言えぱ面白い連中と知り会い、そして、相当深く話しあっていたという事に気付いたのです。
 ロンドンと比較して、様々な人々に出会うチャンスが、恐しい程多い、という事の他に、ニューヨークの人々自身がお互いにより多くの人々を、いや人々の考えを知りたいと思っていることの現われではないでしょうか。事実、ニューヨークでは人々は皆、自分がやっている事にできる限り全ての物を取り入れようと、やっきになっているのです。ですから、どんなものでも、自分のアイディアの発端にしようとしており、その結果としても、他の人々が今、何を考えており、何をしようとしているかが、非常に大きな興味の的となってくるわけです。

 

 すでに、様々なジャンル分け等といったことを意識していられるような、沈滞した状況ではないのです。イギリスに居ると、様々なジャンル、具体的に言えぱ、音楽、舞踊、絵画等、が、各々の区分けの中で孤立してしまっているように思える。積極的な接触を持とうとしてはいないからなのですが、私から見れぱ、ずい分、不健全な状況であると言えます。彼らとの会話、つまり、異ったジャンルの人々でもあるのですが、それは非常に興味深いことであると言えましょう。なぜならぱ、同一ジャンルの者同志の会話のような、既に固定されてしまった次元の中でのコミュニケーションでは全くないからです。
 例えぱ、音楽家同志が会話をしたとすれぱ、その基準は、自分の演奏技術に関するものだし、楽器に関するものだし、あるいは、ハーモニーに関するものでしょう。拡がりようなど、何もないのです。ところが、相手が画家であったなら、いくらすぱらしい演奏の話しであろうと、彼にとっては面白くはないわけで、結局、話は世間話か、あるいは、もっと抽象的な、全ての物事を支配している後ろの物に関する話になるはずです。これこそが、私には素晴しいことだと思えるし、真にリアルな話しだと実感できるのです。次元ということで言えぱ、あらゆる次元を含んでいるし、どの次元の具体性へも直結している、より、リアルなコミュニケーションと言えるべきものです。

 

 ニュ-ヨークに居て気付いたのですが、ニューヨークに居ると、その精神的な意味での広さも大きく関与しているかも知れないのですが、とにかく、どんなちっぽけな野心、すぐに気化してしまうような類の野心でさえ、大きな実現性を持って感じられるのです。もう、ほとんど全部が大きな可能性を持った考えになるということなのです。ところが、それが、ロンドンに帰ってくると、一時に非現実的な物であったのだと思えるのです。これは、ただ相対的な価値の問題としてとらえるということとは全く別の尺度での話ですが。例えぱ「ミュージック・フォア・エアポート」を現実に則したアイディアとして自然に考えられるし、また、これを具体的なものとして実現させることも可能なのではないかとも思えるのです。これらのことは、ニューヨークにただよう一種の観念的な含みを持った錯覚などではまったくないのです。言うなれぱ、人々がそれぞれの心奉している対象に対して、その実現性の有無等といったことに意を払う間もなく、何とかその成就といった形をつかもうということに、全てのエネルギーを注いでおり、その力の集合が、実現性のフリーさという一種のエネルギーとなって、全ての事象を実現の方向へと向かわせる力になっているのです。
 そのころの話ですが、ちょうど私はビデオカメラと、ビデオデッキを入手してみたのです。御多分にもれず、私も興味半分で色々いじくりまわしていたのですが、そのうち次第にビデオ作品としての完成を考えるようになりました。そして、自分で作品を創ってみようと思うに至りましたが、最初はほんとうに面白くてしかたがありませんでした。この感覚は、初めてシンセサイザーに取り組んだ時の気持ちをほうふつさせてくれるものでした。そんな2週問が過ぎていた時、私はビデオによる作品がすでに完成していてそれを公開していました。一般的には、ちよっと考えられないことでしたが、作品の出来、不出来ということ以外に大きな収穫はありました。つまり、ビデオ・アートに対する、さらに深い考察を得ることができたように思えるのです。強調したいのはそれが、このニューヨークに於いて、非常にリアルで、具体化した考察として手にすることができた、ということなのです。例えぱ様々なビデオ・アートを観て私が思うに至ったのは、メディアというものに対して、高圧的な態度を取ったものが大多数であるということだし、自分の作品に対する自ら定めたかこいがきびし過ぎることでもあったのです。

 

 この短い間に、私は結局、メディアを認知し、それが飽和していないような、社会通念に寄りそうような作品こそが新鮮なのだという認識をこのニューヨークに関与したということで得るに至ったわけなのです。

 

 ニューヨークには、その素晴らしさと同時に、それとまったく同じ理由から、そこでの成功がとても危険な落とし穴に成り得るということがあります。つまり、ニューヨークというのは、それ自体、文化的に他の地域から独立してしまっているにもかかわらず、非常に活気があふれている為に、それに気が付かないことが多々あって、そういう場合、ニューヨーク以外の価値や状況が存在しているという事実を忘れてしまいがちだということです。現に、ニューヨークには、ニューヨークだけの規準でしか仕事をすることができなかったり、作品の価値を発現することのできない芸術家が非常に多く居ます。

 

 また、もうひとつの落とし穴は、自分の才能を信じ過ざ、さらには、自分が皆から注目されており、愛情を注がれていると思い過ざることです。どちらにしても、結局、自分の歩む道がとんとん広くなってゆくという、そのことを、意識する結果、一種の観念のパッケージとなって認誠されてしまい、結果として実際の自分の可能性は除々に固定されてゆき、道もせぱまってゆくということになってしまいます。別のニュアンスとして言えぱ、私自身も、ニューヨークに着いた時、誰彼となく、全くこだわりなしに、近づいてきて話ししかけてくることにびっくりしたものでしたが、そんな気軽な会話をしてくる者の中に同じジャンル、つまりミュージシャンが多勢いたことでも、その素晴らしさをあらためて感じました。
 なぜならぱ、イギリスでは、例えばミュージシャン同志が、気軽なコミュニケーションを拒絶する方向に、そのプライドの発露をもっていってしまうからなのです。ですから、あるミュージシャンの所へ行って、彼の音楽を賞賛したとすれぱ、それは、自分が、彼の軍門にくだるのと思じ意味を持つことだと思われているのです。といっても、ニューヨーク側にも、問題が全くないとは言えません。例えば、ある名士が居たとして、その周囲には、いつも、とりまきの人々が群れているとします。すると、自然に、その連中のカラーはある特定のものになってきてしまいます。特別の、何か野心を持った人、あるいは、そういう物を持たなくとも、政治力の強さを持った人等々といった具合です。これは時間経過を伴った問題として、とらえることなのですけれども、つまり、ある特定のポジションの人に限って言えぱ、ニューヨークの良さのひとつでもある本当に面白い人々とのコミュニケーションがはたされない破目になってしまいます。心すべき点であるかも知れませんし、要は、自分に対する統治というレヴェルでの間題にたち帰ってしまっているのかも知れません。

 

 かって私は、私にプロデュースを依頼してこないバンドの中から新しいウェーヴの流れを組んだパンドが出現するだろうと考えていたのだけれども、これは弱干、憶病な考えだったと思うのです。私自身の問題としてですが、例えばトーキング・ヘッズをプロデュースするということで、それがすなわち、トーキンク・ヘッズが新しいウェーヴを切り開くバンドではない、とすることはできないのです。彼らのプロデュースをした理由は、彼らがとても好きだったからなのです。これは音楽的にも、さらには人間的にも、好きだということなのです。ですからプロデュースをしたまでですし、次のプロデュースはたぷんしないだろうということも彼らには話していました。
 しかし、案際にプロデュースすることを決めた時点では、相当に考えこんでしまいました。つまり、このプロデュースをすることで、自分の進む方向性を歪ませはしまいか、ということです。又、それと同時に、その間題が、単にシンボライズされた事象についてこだわっているのであって、 らの決定が既に堅持されているなら、外部のシチュエーションに影響されることはないのではないかという考えもありました。そして、結局は後者の考えで進み、彼らをプロデュースすることになったのです。そしてその時点では、彼らの次のアルパムのプロデュースもするつもりになっていました。そうすることが、私の方向性をさらに推進することになるのだという確信ができていたからです。というのは、ファースト・アルバムを我々は創っていたのですが、その仕事がほぽ完了しようとしていたころに、やっと我々が、一諸に仕事をしてゆくことの価値がわかったように思えたからなのです。この表われとして、我々はそれまでに、グループのアイデンティティーやレコーディング・アプローチのアイデンティティーを確立していたのですが、そのことが、作業末期にレコーディングされた曲に際立って顕著な形として表われています。これは、曲の完成度という視点から見れぱ相当に不完全な曲であるとも言えますが、私に言わせれぱ、非常に好ましい結果であると言えます。
 次のアルバムではこの傾向がさらに推し進められるでしょうしそれは、私にとって何よりも価値があることです。だからこそ現在、私がプロデュースを彼ら以外にする意志が全くないことの理由づけにもなると言えるのです。彼ら以外のバンド、中には思いもかけなかった人々からのプロデュース依頼もありましたが、今、やりたいプロデュースではないとの旨で皆、断りました。考えてみると、私自身、もうロックという一ジャンルの音楽に対する興味が、ほとんどなくなってしまっていると言えるのです。若干、観点を変えますが、こう考えるに至ったのは、ロックが既に世界的なスケールを持った音楽スタイルだとは言えないからなのです。私がロックに積極的な関与を持っていたのは、まあ、嗜好の間題もあったわけですが、そのころ、ある種類の文化が全世界的に波及し、影響を持ったものであったとすれぱ、そのある種類の文化こそが、ロックンロールであったわけです。しかし、その状況は残念ながら現在では彩をあまりとどめていません。現今のロックは、どちらかと言えば、極めて小規模の手工業的なレヴェルでの作業というものになってきているようです。
 さらに、今度は私自身の問題として見ても、今の興味は、他の文化圏の民族音楽に移行しています。とりわけ、北アフリカの民族音楽はとても素晴しいものだと思います。また、アラビアの歌にも興味を持ったのですが、これは、あまりにも、固定された環境の中で洗練され過ぎて、完成されてしまったようです。ということは、私の手が入り込む余地が無いのです。とにかく、良くも悪くも、極めてデリケートな音楽で、ハーモニーという問題を通らずに来てしまっているようでした。ということは全ての音楽的パワーがメロディーのみを進化させる方向に流れてしまったのではないかと思われます。自分の手を下す、といったレヴェルでは、全くはりあいのない種類の音楽であることは言えると思います。

 

 しかし、これは、あくまでも、ある限完されたレヴェルの中だけでの裁定であって、普遍的な幅を持った裁定ではありません。実はこのレヴェルというもののまとわりつきは私自身が直面している問題でもあるのです。

 

 最近、私は、自分の目ざしているものが少しずつクリアーになるにつれて、それがあたかも大気のように、ゆったりとした動きを持つものだということがわかってきたのです。しかし、どのレヴェルで、この様な音楽が必要とされているか等と考えても解答などありませんでした。進歩というコンセプトにそって言えぱ、私自身、これこそは、という自覚のもとで行なっていることであるし、そうすれば当然、ある種の進歩は生ずるはずです。レヴェルという、うっとうしいものを振り切り、その上で進歩を掌中に収めるには、自分を幾重にも信じ切ることだと思うのです。

 

 私は最近、仕事に対する接しかたに、思うことがあるのです。それは芸術家という意味あいが、はたして我々のしていることをさしているのだろうかということなのです。芸術家というのは自らその新生面を押し開いてゆく者だと私は思っているわけですが、ロックミュージックの作業がはたして、これにあたるものなのかということなのです。芸術家と対になる言葉には職人というものがあるのですが、職人は、与えられた量の仕事を確実にこなしてゆくことが、まず要求されます。仕事に対する特別な情熱などは多くの場合、わきませんし、注間主の方も、情熱というものを要求などしたりはしません。これは良し悪しの問題で言っているのではなく私自身の状況に対する思いなのです。そして、最近の私の生活からすると、興味を覚えるのは職人の仕事のやり方なのです。職人の仕事を創作活動のあるレヴェルから観るならば、明らかに退歩しているといえるでしょう。しかし、視点を変えてみれば、職人の仕事はとても興味深いことを内包していると思えます。それは、自分のしている仕事に対して持つ卑下といったニュアンスに近い感情があることなのです。これは偶然にも、芸術家のある状態と非常に接近したシチュエーションにあるということなのです。それは、ほとんどの芸術としての興味深いアイディアも、やはり、卑下という点から出発していると考えられるからなのです。職人としての活動を考えるとさ、一般には、原点回帰を目ざした、インターバル的なとらえられ方をされる可能性が大きいのですが、そうではなく、職人としての仕事の送り方そのものに、考えさせられる点が存在しているということなのです。

 

 最近のニュー・ウェーヴ・バンドと称されるグループに代表される音楽を見聞して感じることは、何かの始まりを示すものでは全くなく、ひとつの終えんなのではないか、ということなのです。これは、かって、ビートルズの時にも全く同じように感じたことなのですけれども、例えぱひとつの動きがあったとして、それが明白になってきて、定型を持ってしまうということ、つまり衰退した肯定主義的なニュアンスをたたえてしまっているということで、それは終えんを示すものに相異なかろうということなのです。様々な事象は、それが個々の人々によって、一番、はじめに感じられた前後の時期が最もエキサイティングであって、これこそ、その事象の始まりと言えるのですし、また、それが、先程も言ったように、誰の目から見ても明白なものとなり、既に誰もが、理解しているといった、余裕を与えてしまっている時点では、それはエキサイティンクなこと等、少しもないのです。
 私達の過去をふり返ってみてもそれは明白です。例えぱ人々は非常に、感銘を受けたレコ一ドが各々あると思うのですが、その規準は、体が振えた、とか涙が流れたとかいったものでしかないのです。つまり、そのレコードのミュージシャンのことも、彼のシチュエーションのことも、さらには、それに類似したような曲でさえ、まったく接したことのない、一種、ピュアな状況での感激なのです。これは、非常に神秘的なものだとも感じられるでしょう。しかし、これとは逆に、老いてくれば、そういった神秘的な類の感激はほとんど失なわれてしまうようです。全ての状況が明白だと思えてくるからなのですが、かって、自分があれ程までに感激したレコードを聞いたとしても、いくばくかの感慨と同時に、そのミュージシャンの音楽としての位置づけを思ってみたり、良くて、その音楽の主の名前がまず、出てくるのではないでしょうか。既に、単独の美しいものとして感ずることではなく、認識をしているという側面からのアプローチで、そのものに接してしまうのです。そんな事を悲しく思い、なくした感激をもう一度、掌中のものとして実現させようとしている人々の中のいく人かが作曲家なのではないかといった思いさえ出てきます。

 

 ブリッツを拠点とした、ここ数年の間の我々(クラフト・ワークやデヴィッド・ポウイ)の音楽活動が非常に新しいことだったと、最近、方々で言われます。確かにそれは、本当のことだと思います。けれども、そのこと自体にスリリングな感激を覚えることはもうないのです。昔からたぴたぴ、ロックはその時代の若者によって創られてゆくということが言われてきたのですが、ここ最近、それが非常にうなづけることなんだと思いはじめたからです。ほんとうに、熱狂やエネルギーやスピードがロックには不可欠なのだということなのです。しかしながら、最近のロックは、この方向には向かってはおらず、「皮肉」という反対の方向に向かっているようです。つまり、パロディーであったり、茶化しであったり、あるいはロック自体へのからかいであったりしているのです。私が熱望したいのは、ロックにある心から沸き起こる純粋な感情だということで、現状とは全く反対側に位置するものなのです。言い方を換えれぱ、多種多様な感情を伴った音楽の表情の奥深い所には、とても倫理的な価値規準があって、それは普遍的な美を持った、人々が共鳴し合うに充分なエネルギーとして存在しているのではないでしょうか。このことから、今まで公の場に出されなかったような社会の音楽、つまり民族音楽、あるいは、それを再構成した、いわぱ第四世界音楽をもたらすべきではないかという、意見が出てきた。

 

 私自身、これにはとても興味を覚えるし、かつ、うなづける意見であると思いますけれども、こういう類の音楽は、今まで非常に求心的に発違してきたのです。それも生活に非常に接近した形で。ということは、その真摯さゆえに、非常に傷を受け易い種類の音楽になってしまっているという問題を含んでいるのです。これは、ロック・ミュージックが皮肉なものに向かっていることの弁証方めいた証とも言えます。真摯になるということは、ある種恐しいことであるし、拒みたいと思う。なぜかと言えぱ、真摯ということは、そのまま、自分をさらけ出してしまうことになるからです。ですから、攻撃を受けたとしてもそれが非常に直接的ないたでにもなりうるのです。ところが、皮肉なものというのは、既に自分自身で容易に許容できる範囲で自分を非難して痛めつけてあるので、誰も非難をすることはできないし、例え、非難されたとしても自分自身にまではそれが及んでは来ないのです。人は自分が本当に信じているものを大切にしたいし、いわんや、それを踏みにじられたくはありません。このことかも知れません。

 

 私は音楽の要素について区分して考えてみるとさ、いつも相対的な関わり合いが含まれているように思えるのです。それは、例えば「アップ・テンポ」と「スロー・テンポ」であったり、また「素直さ、真摯さ」と「皮肉さ」といったような具合にです。先程言ったことでも、おわかりかも知れませんが、皮肉さを持った方法論というのは、やはり、ロック自体を歪めてしまうようですが、これは、ロックが経過して来た、時間の流れの中で意識化された作業であるべきこともさしているのですし、このことを正確にとらえる為にもロック・ミュージックの伝統について多くを知っていなければならないのです。もし、それがない場合、最近のニューウェーヴ・バンドの音楽も本質的意昧あいが無くなってしまうとさえ言えるのではないでしょうか。けれども、今度は伝統ということを認識していた場合、初めて接する、いかなる時代の音楽でも、その年代を言い当てられるようになるはずです。各時代で、価値感や生活感は様々に変化しているためだし、そういった各時代の全ての物をひっくるめて表現している所に、ロックの特徴があるからなのです。
 これを逆に見てみると、例えば音楽評論家のポジション等も明らかになってくるのではないでしょうか。つまり彼らは、音楽のある発展を指摘しその認識を公にすることによって、その時代の音楽パターンを創ってゆくことを無意識のうちに行っているのですが、それだけではなく、彼らは、その時代に合わせるという作業で、ロック自体を再評価しているのではないかと思うのです。ということは、ロック・ミュージシャン自体も、この再評価という観点から見れぱ、一種の評論と同じ作業をしてしまっているのかもしれません。なぜならぱ、芸術家としてのミュージシャンでさえ、真に革新的なことは、その作業の中でほんのわずかな、割合しか占めているに過ぎないのです。あとは、それまでに確立されたことを再構成しているのだし、この再構成をすることがつまり、再評価ということにもなってしまっているのです。おかしなことですけれどもね。ミュージック・シーンに於ては、両者どちらにも時代をあつかってゆくということで、大体三つ程の方法があるのです。すなわち『非難する』か『無視する』か、はたまた、『再評価する』かなのです。

 

 終


Fool's Mate  1981/4  vo.16