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interview 1981

 


 

 ブライアン・イーノ、多才なるミュージシャン、コムポーザー、プロデュ一サーにして多くのアイディアに恵まれたこの人物はイギリスの出身である。数年前彼はロクシー・ミュ一ジックとデイヴィド・ボウイとの共同作業を通して、シンセサイザーの最初の鬼才と謳われた。その後彼は独立してヨーロッパやアメリカ、そしてアフリカの様々のミュージシャンたちと仕事をし、ひと味違ったユ二ークなアルバムの数々をプロデュースしてきた。彼は映画音楽の作曲も手がけ、目下、彼の名付けるところの音と映像を結びつけたヴィデオミュージツクの実験に取り組んでいる。プ口デューサーとしてのイーノはディーヴォとトーキング・ヘッズを手がけたが、両バンド共それ以後は国際的に認められている。この2年間、彼はニュー・ヨーク・シティを作戦本部兼隠れ家として使っている。彼は古い工業ビルの最上階に住んでいる。ここからは二ユー・ヨーク・シティのスカイラインのすばらしいクローズアップが目に入る。

 

 あなたは、ト一キング・ヘッズのデイヴィッド・バーンと共同で“ブッシュ・オブ・ゴースツ”という新しいレコードを作ったばかりですね。あなたのアイディアとインスピレーションはどのようなものでしたか?どのような方法で作られたのですか?

 

 このアルバムのレコーディングは、およそ1年半の期間に及びました。ここニューヨークとウエスト・コーストで5カ所のスタジオで録音しました。トーキング・ヘッズのシンガーでありソングライターでギタリストであるデイヴィド・バーンと仕事をしたのは彼の関心が私のそれととても近いものだったからです。このことはトーキング・ヘッズの前作『フィア・オヴ・ミュージック』のアルバムではっきりしました。このレコードの基盤になっているアイディアはアフリカ音楽への興味と、西欧のそれとは違ったアフリカのリズムのアイディアへの興昧と、そしてコラージュへの興味です。

 このレコードではディヴィッドも私自身もまったく歌っていません。すべての声は私たちが見つけた声なのです。例えば民俗音楽の歌手を録音した他のレコ一ドからの声であったり、ラジオからニュース放送とかトーク・ショー、あるいは電話相談で苦情を述べている声などを取ったものです。つまりこの二つがコンセプト上の方向づけであり、それらは第3の要素、私の仕事に於いて延々と続いている興味なのですが、サイケデリアを今風にしようという試みと対比される訳です。殆どの人々のようにサイケデリック・ミュージックをただ無視してしまわないで、それで何かやってみたいのです。いわば、各曲がサイケデリックなアムビエンス(環境)の代りを務めると言って良いでしょう。リズムとコラージュという、共にきわめて都会的でモダンでハイ・テックな響きの背後に、この不思議で精神的な未開の雰囲気がただよっているのです。

 このアルバムのもうひとつの重要な面は、私たちが見つけてきた材料を活用したという事実です。私たちは殆ど楽器を使いませんでした。本来あったのはベースとギターと1台のシンセサイザーだけでした。その為、私たぢは結局これらの楽器をそれなりにトリート(電子装置による処理)して通常のサウンドのレインジを拡げることになりました。ということはまた私たちが他の楽器が必要になったときは、それを探してくるかこしらえるかしなくてはならなかったということです。例えば、あるとき私たちは部屋中響き渡るような深いべ-ス・ドラムの音が欲しくなり、スタジオの中にあった大きな木製キャビネツトを使って、特殊な方法でそれにマイクを通してすばらしい低音の響きを作り出しました。しばしば私たちは、古い木の切れ端やブリキやスクラップの金属を見つけてきて特殊な方法で録音し、トリートして、楽器として使えるまでにその音の質を変えてしまうのです。

 

 あなたは何かを見つけてそれをふくらませ発展させるという方法が、構想済みのアイディアを抱いてスタジオに入るよりも好きなようですね?

 

 その通りです。スタジオに入るときは頭の中に特定の歌はないし、歌詞の一部やメモもありません。しかしある風景のイメージのようなものは持っています。音で創り出したいと思うある環境を感じていると言えるでしょうね。時にはこれがひとつの歌になり、またある時にはインストゥルメンタルになり、また単なるひとつのアムビエンスになる訳です。
 持にこのレコードで私たちが気を配ったのは、テクノロジー的素材とごみ捨て場的材料という都会らしさを伝えるものを使って、むしろ複雑な風景を創り出すことでした。その中には楽しく肉体的なダンスの要素が組み込まれ、私が前にも言った、このサイケデリックな流れのようなものにすべてが深くはめ込まれています。サイケデリックな流れの果す機能はどちらかと言えば映画の溶暗に似ています。映画では夢とか時間の変化のように、もうひとつの現実へ移行することを示唆する約束ごとがありますフィルム全体がゆらゆらとなって、突然どこか違う所にいるという手法です。
 私が興味を持っているのは、このどこかよそにいるという意識と音楽を、その可能性を考える手段として使えないものか、そしてひいてはもうひとつの未来を提示してくれる手段なのです。

 

あなたは何曲かで説教者や伝道者たちの声を使っていますね。どうしてですか?

 

 その理由というのは私たちが面白そうな声をラジオから探していたからです。曲にぴったりとくる声を探していたのです。二ュース番組やプロが作ったプログラムをチェックしていくうちに、ラジオでいちばん面白い声は実に宗教関係の人たちのものであることに気づいたのです。彼らが面白いのは、話している事柄よりもむしろ話すときの熱っぽさのせいです。人は情熱的になると話し方にメロディが出来るのです。その声はラジオ放送の平板な単調さが消えて、とても起伏に富みメロディクになります。つまり、私たちがこの種の声を使ったのは、そもそもそれが良いサウンドだったからです。話の内容にはまったく関係ありませんでした。しかし次第に私たちの曲が、この精神的というか倫理的な質を帯びてきたこと気づき、それ以降は私たちもこの種のアルバムを作っているのだということを意識するようになりました。言葉を換えれば私たちはある地点にいることに気づき、そこに止まることにしたのです。これはよくある考え方でゴールを決めてからそれを目指していくというのとは対照的です。私はむしろ面白い過程を考えつき、それに沿って自分では思いもよらなかったところへ行き着く方が好きですし、そこに辿り着いたからには最善をつくすつもりです。

 私たちの仕事と、アフリカ音楽というか少なくとも私たちの理解しているアフリカ音楽との関連性は、思うに形式のレベルを越えたものです。アフリカ音楽の特徴のひとつは、通常我々が精神的と肉体的とに分けてきたものをひとつに結びつけていることです。アフリカの文化にあっては、ダンス音楽と宗教音楽との間に区別はありません。実際、ダンスは宗教活動の中の一部なのです。私たちはその調和を、このレコードとトーキング・ヘッズのレコードとで復興させてみたかったのです。
 声の選び方に話をもどしましょう。前にも言ったように………私たちがある持定の声を使おうと決めたのは、そもそもは純粋に形式上のことでした。これらの声が私たちの音楽とぴったりきたのです。次に疑問が生じました-----なぜぴったりなのだろう?その理由は、披らの声が職業意識ではなく、情熱に動かされたものだからでした。彼ら説教者や伝道者たちが面白いのは、彼らが何らかの信念を遂行するエネルギー感覚をこちらに伝えてくるからなのです。その信念がどんなものかは問題ではなく、現代のアメリカにあっては、誰かが情熱的にエネルギッシュに語をしているのを耳にすることが心を動かすのです、その人が何を情熱的にエネルギッシュに話しているかには関わりなく。そこで、このアルバムを作っていて派生したメリットのひとつは、1970年代に入り正統派キリスト教がなぜかくも大々的な信仰の復活を得たかということが理解できるようになったことです。そのようなのんびりした状況にあってこのようなエネルギーは突然とても魅力的になると思えるのです。

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もう少し詳しくあなたからみたアフリカの音楽と文化の魅惑をお話しいただけますか?

 

 そもそも、そして第1に、私の興味は音楽的なものでした。当然ながらしかし、それだけで済むものではありません。ある文化の音楽にひかれるときはいつでも、音楽が他の文化現象の徴候であり象徴であるからなのです。例としてドイツのブラス・バンドの音楽を挙げてみましょう、私にはこれっぽっちも興味のないものですが。これは人生と人類の全体概念を象徴し表しています。アフリカ音楽も、どの民俗音楽も同様です。ある社会状況をもっとも端的に表わす文化的な目印です。
 私の想像では今後10年か20年のうちに、アフリカは、1950年代と60年代に東洋がもたらしたような影響を西欧に及ぼすでしょう。面白い可能性やもうひとつの生き方、そしてこれまでと違う人生の価値観をアフリカから学ぶことが出来ると私は思います。西欧の人々がそれらを探し求めていることは疑いありません。アフリカが音楽的に今もっとも面白いところであるばかりか、そこには我々の考え方にとって代るアプローチを示唆してくれそうな、あらゆる種類の社会的文化的アイディアがありそうな気がします。アフリカの文化を眺めてみれば、長い年月に亘って進化し持ちこたえてきた社会組織が見えてくるでしょう。個人の人生と、いくつもの社会的グループに属するメンバーとしての個人の人生との間に、はっきりとした区別があることに気づきます。我々はとかく、アフリカ人の生活はひどく単純で、太陽の下を走りまわり、2,3本のバナナを摘むぐらいに考えがちです。私にはそれは真実からかけ離れているように思えます。

 規制と自由が同じものの一部であるという事実の理解が崩壊しています。この理解の欠如が頂点に達した音楽がフリー・ジャズでした。私の知る限り現代音楽のもっとも失敗した実験のひとつです。フリー・ジャズのアイディアは、ミュージシャンからあらゆる規制を取り除き、彼なり彼女なりに自己を表現させるというもので、それなりに自己の魂の奥底に辿り着き、それなりにそれは誰かにとっても面白かろうというものでした。私にはこの提案の両方ともが間違っていると思います。私自身の魂の奥底など面白くも何ともないのですから、勝手に誰かがやればいいのです。
 しかし、フリー・ジャズの概念は、仮に従来の音楽上の規制であるハーモニー、メロディ、リズムその他を排除しても、まだ他の一連の親制があるという意味合に於いて間違いだったのです。例えぱ、重力です。…私の知る限り殆どのミュージシャンがそれを征服出来なかったという代物です。彼らの体質もそのひとつであり、楽器の性質もそうです。つまりフリー・ジャズの末路は、いかに筋肉が動き、いかに楽器の構造がそのサウンドに影響したかに終り、深い感動はまったくなしという有様でした。私ならもっと色々と音楽を面白くすることがあると思います。

 それと正反対なのが19世紀のロシアのオーケストラの揚合です。これは約180人のフレンチ・ホルンのオーケストラで、各メンバーは唯ひとつの音しか演奏できません。ですから例えば、ひとりのメンバーがEフラットを、またひとりがCシャープをという具合に決められます。メンバーの各々が特定の決められた音を吹くのです。作品はプレーヤーの各々がいつ自分の音を出すか判るように前もって編曲してありました。ですから速いアルペジオならプレーヤーたちの間をあっという間に駆け抜けていくのです。このアプローチですと個人的な自由などあり得ません。私自身の方向性はフリージャズよりもこちらの方にあります。私はこのロシアのオーケストラはとても面白いアイディアだと思いますし、最近気づいたことですが、ある種のアフリカ音楽にも同じ構造を持つものがあり、シンガーのひとりひとりがひとつの音だけを歌うとか、ミュージシャンがワン・ノートの笛やフルートを使って、とても速いシンコペーションをお互いに演奏して自分たちの音でリズミックなメロディを作っていくのです。私の関心は、完全な自由という概念よりも法則や規則や規制の方により傾いています。

 システムのデザインはその殆どすべての行為を決めてしまいます。ここにこそ人は自分の注意を常に集中すべきであると私は強く感じます。非常に驚くべき発見だったのは、アフリカのミュージシャンたちがリズムに関して同じように感じていることが判ったことです。彼らはきちんとしたリズムに基づく計画に沿って働き、そこでこの種の文字通りの自由を得ています。つまり彼らはリズムから離れることなく自由を手にするのですこれは西欧の人間にとって理解し難いと思いますし、私自身にとっても確かに難しいことです。我々は即興演奏を、パターンがあってそれを変えていくものと考えがちですが、一方アフリカ音楽で問題なのはパターンに密着していることです。そしてアクセントの強度が重要となったり、特定のドラムの叩き方で出てくるノイズの質感たどが重要となるというような意味合に於いて演奏の仕方を変えていくのです。

 私は自分がこれらの考えに近いのではないかと思い始め、与えられた形式を活用して、その中で特定の自由を見つけ出すことにとても興昧を覚えたのです。私は同様の嗜好をアラビアとインドの音楽にも感じました。日本の音楽にも、違ったとても面白い意昧で、感じました。日本の音楽は、日本の文化の殆どすべての面で質感や色調……料理、絵画、着物のスタイル、そして人々の話し方に至るまで……が強調されるのと同じように、色合と密接に結びついています。日本の寿司の板前をご覧なさい…彼がひと晩に口にする“ありがとう”はその都度変って違った意味合を含んでいます。明らかに何か意味を越えた語義以上のメッセージが込められているのです。事実、我々や西欧の白人の言語を除く殆どの言語には、このようなタイプの異なるメッセージが存在します。ゲットーのおしゃベリを例に挙げましょう。そこでは普通のメッセージのまわりをもう一層の意味が包み込んでいる感じを抱きます。ここでは、日本人の言葉のように、与えられた色合の中で新しい意味とヴァリエーションが使われているのです。我々のように身ぶり手ぶりを使う代りにです。私はまた、中近東の音楽もとても面白いと考え始めています。実際、アラビアの素材はこの新しいレコードを作る上で多大の影響を及ぼしました。メロディの驚くべき鋭敏な感覚は、彼らがメロディについて実に何かしらを把握していからであると私は思いました。そのおかげで、徴妙にして極端な装飾とアラベスクに対する関心が、私の模索していたものであることが判ったのです。

 

 ここで、全く違った話題へ移りませんか?あなたの<アムビエント>音楽のシリーズの構想について少し話していただけますか?あなたは4枚のアムビエントのアルバムと2枚のディスクリート音楽のアルバムをプロデュースしています。これらは環境的サウンドの色合と長い心落着くサウンドのパターンですね。1枚は『ミュージック・フォー・エアポート』ど呼ばれ、実際にニュー・ヨークのラガーディア空港や、バッファローやミネアポリスの空港でもPAシステムで流されました。これらの作品の背景にあるアイディアを説明していただけますか?

 

 いくらかは説明できます。これらすべてと同様に、私が最初に制作を思い立ったのは筋の通った構想に基づいてではないのです。そうだ、これは誰にでも充分に納得してもらえるすごいアイディアだというふうに考えて始めた訳ではないのです。ただ自分であのよう音楽が欲しいと気づいただけです。普段の私のような状況にあなたも出会ったかどうか判りませんが、自分のレコード・コレクションを跳め渡して自分の気分に合ったものが何も見出せないのです。時に数か月間もこの期間が続くのです。この為に私は自分が音楽に何を求めているのか考えるようになりました。そのひとつの答が、変るがしかし変らない音楽を混ぜ合わせた逆説的で奇妙な魅力あるものだったのです。もちろん先ほど私たちが話し合ったアフリカ音楽の概念と密接な繋がりがあります。

 曲が姶まれば新しい要素は何ひとつ入ってきません。後は各要素が転換させられるだけで、この変る/変らないが得られる訳です。ある意味ではすべてが一定していますが、別の意味では常に新しい配列へと転移が行なわれているのです。そういう音楽こそ自分がある期間聞きたいと思った音楽であると気づき、作り始めた訳です。作ってみると、私はこれは何時間も延々と続くべきだと考え始めました。必ずしも初めと終りのあるものでばなく、それが鳴っている間に出入りしても、その実、何も聞き逃してはいないようなものです。後になって、この種の音楽は空港のような広い公共の場で面白いと思い、そのような環境に合った音楽を意識してデザインし始めたのです。ヴィデオディスクは1枚につき70時間分の音を収録できることをご存じでしょう。私が考えているのはその位の長さなのです。ですから、作品のすべてのパラメーター(媒介変数)をセットすれば自動的に作曲していく曲を作らなくてはなりません。丁度子供をつくるのに似ています。最初の肝心なところをやった後は、自動的にことが運びます。それを心配する必要はないのです。

 

 あなたはヴィデオディスクの話をしましたね。あなたはヴィデオも作り始めました。全国の画廊があなたのヴィデオ作品を公開しています。ヴィデオは一般的にいって新しいブームの分野です。テクノロジーの進歩はこの社会そして生活様式におそらく多大のインパクトを与えるであろう新しい可能性を次々と開いていきます。この分野との関わり方をあなたはどのように考えていますか?このメディアに於けるあなたの関心と目的とは何でしょうか?

 

 私がこれまでに作ってきたものは、とてもとても単純なものです。自分の器材をすべて自宅の窓から、その時窓があった所からテープに録ったものです。私のは簡単で安物の機材です。それからテープを編集してショーにする訳です。くり返しますが、私は空港とか待合室のような空間の為の、宗教的雰囲気を必要としない作品を少し作ったことがあります。実はそれはヴィデオ・ミュージックとして構想した何曲かなのです。ヴィデオの映像はそれだけで充分ではないのです。

 ところで、ヴィデオディスクはとても面白い問題を提出しています。いまだかつて誰もレコードを聞くように何度も見ることのできる映画を作る仕事に取り組んでいません。これまでのところ、ヴィデオディスクはサイケデリックか、この場合は度重なる鑑賞に耐えられませんが、もしくは歌手が歌に合わせて口を動かしたり、しゃれたライティングなどの効果に凝ったりしただけのという意味での純然たるピクトグラフィック(絵文字の)のどちらかでした。このようなヴィデオディスクを3回も4回も見たいなどとは誰も思わないことは私には歴然としています。この興味深い可能性に関してそれでは解決になりません。そこで私が実験を続けているのは、人が何度も繰り返して見ることができるのはどのような素材であろうかということです。私の得た興味深い結論は、映像が遅く制止に近づけば、即ちより絵画に近づけば、何度でもそれを跳めることができる、ということです。これまで人々はヴィデオデイスクを面白くするにはアクションをいっぱい盛り込めば良いと考えていますが、私はそれは成功しないと思います。

 ヴィデオディスクを取り巻く全状況に関するもうひとつの問題は、テレヴィジョンのスクリーンが古くさくて不便なものであることです。テレヴィジョンのスクリーンが2メートル四方もあって、完全に平らで、壁に掛けられるようになれば、ヴィデオの有効性はがらりと変ってくるでしょう。私が欲しいテレヴィジョン・スクリーンは、余りに大きすぎて無視できるような、自分の環境の一部になってしまうようなものです。そうすればいつも見ている必要はありません。小さな箱があなたの注意をひき、それに集中していようといまいと決められたものだけを与えてくれるこの小さな箱が、あらゆる問題を生み出すのです。もし壁ほどの大きさのスクリーンがあれば、数時間という一定の時問内でスペクトラムを通した色の変化以外には何も起らないテープというアィディアも、受け入れられるでしょう。それはとても美しいものだと思います。もちろん全く同じものは。テレヴィジョンのスクリーンでは面白くも何ともないでしょう。そこで私は思うのですが、ヴィデオの全分野にとって待たれるのは、このようなテクノロジーの転機なのです。

 

 


MUSIC MAGAZINE 1981.5