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interview 1981

 


 

過去の業績の中に現在の意向の手かがかりを見出そうとするのは、あまりあてにならない仕事だ。しかし、普通の音、つまり他の人々のラジオやレコードからの声を録音したものを使うというアイディアが音楽に取り囲まれた彼の今までの世界(音楽が包囲し、慎しみ深く毎日の行動をサポートする)とそれほどかけ離れてはいないということに、イーノは賛成してくれた。

 

僕は、特にそのつながりについて考えたことはなかった。しかし、それは合っているよ。僕は特にアメリカのラジオに興味を持っているんだ。異常なくらいにコントロールされていないそれに…ね。イギリスやヨーロッパでは、アナウンサーは冷静さと理性とで選ばれているんだが、こちらでは、わめきたてるだけの極端論者がラジオの電波にのっているようだ。イギリスでの整った放送に比べると、こっちは混乱しているよ。ラジオ放送に出ているのはバカばっかりだと感じるよ。驚異だね。僕から見れば、アメリカのラジオは狂気の限界にきている。いつでも極論が飛び出せる状態なんだ!

 

ラジオに対する終わりなき文句を言いながらも、イーノはアメリカ、特にニューヨークを理想的な仕事場と決めている。

 

アメリカにはかなり長い事住んでいるが、法的には僕は訪問者だ。そして心理的にも僕は訪問者でいる。仕事をするにはニューヨークは素晴らしい所だが、考えごとをするには世界最悪のところだ。アクセントはすべて行動にかかってくる。進め、進め、進め…熟考することよりも、だ。今、僕はMaida Valeにアパートを持っている。しかし、イギリスで家をさがすつもりだ。将来は、ニューヨークで仕事をして、イギリスで考えことをしようと思っている。

 

その考えと仕事になくてはならないのが、イーノとビデオ開発との関わり合いだ。

 

大きな問題は、人々が何度も何度も、音楽を聴くような感じで、それこそ百回も見たくなるような何かをさがすことだ。ブロンディーの「Eat To The Beat」のようなものは確かに間違っている。デッドエンドだ。全くのイラストレーションのようなアプローチじゃダメだよ。また、トッド・ラングレンのように、非常に進んだコンピューター技術を使って、完全な視覚的幻覚の世界を引きおこす方法、これもどうにもならない。 それは花火みたいなもので、数分間はそれに驚いているだろうが、しかし、それは単なる効果であって、それ以上深くしばりつけておけるものじゃない。

最近、僕は自宅でそのことについていろいろやってみた。いろいろなものをフィルムにとって、それに対する自分自身の反応を観察して、自分が何に興味をひかれるかを研究してみた。そしてその結果、それに値する領域が2ヵ所あることに気がついた。ひとつは、ビデオを動的なものとしてではなく静的なものとして考えること。つまり、他の絵と同じように考えることだ。そこにあるがままのものとしてだけとらえる。次に起こるエピソードや行動には、期待しないんだ。

スクリーンを垂直に立て、土地や空などの景色をフィルムにとって、ゆっくりと変わっていくそれらの景色にビデオ・ディスクのアイディアのように音楽をつけてみたりした。それは非常に興味深いものだったよ。何が起こるかではなく、何がそこにあるか、ということがね。まるで窓の外をみているみたいに…。

そしてもうひとつの、2番目のアプローチは、ダンスというアイディアに基づいてやってみた。思うに、ビデオ・ディスクによって起こる大革命は、ダンスが集団体な形になるだろうということだ。ポピュラー・ミュージックのレコードがそうであるようにね。ダンスおよびダンサーは限りなく見ていることができるし、彼ら自身の音楽的形態をもっている。そして数年の間に、音楽をプレイするだけのミュージカル・グルーブではなく、ダンスするだけのダンス・グルーブがもっと出てくるだろう。当然Pan's People(イギリスのTV番組《トップ・オブ・ザ・ポップス》に出て来るダンサー達)のようにMORで終わってしまうのも出てくるだろうが、しかし、ただのダンスと見せる芸術との間の何かエキサイティングなことになるかもしれない。

家に10人の黒人のダンス・グループのビデオがあるんだ。彼らはひまがあると集まっておどっている。で、彼らはとても風変わりなElectric Boogalooというダンスを発明した。とてもエキサイティングだし、非常に複雑なもので、今までに他の人がやっているのをみたことがないようなユニークなステップや動きをする。これはひどくまずいビデオで、カメラワークは震えているし、音は悪いし…。しかし、ビデオを見る度にどんどんひきこまれていくんだ。すごく魅力があるんだよ

 

ビデオワークの上に、イーノはいくつかの音楽的なアイディアをレコーディングし発展させていっている。それは多分2枚のアルバムに分けられることになるだろう。

 

一つの方向はまだ初期の段階でまだまだぎこちない状態だ。マイルス・デイヴィスの「Get Up With It」に人っている“He Loved Him Madly”というトラックに大きく影響された方向だ。この曲はとても奇妙な雰囲気を持っている。まるで開拓地に立っていて、違う楽器が違う距離から聞こえてくるような、そんな感じだ。これはその距離感をもってミックスされている。それに非常に興味をもったんだ。ガーナにいた頃、よく、ステレオ・マイクロフォンと小さいヘッドフォンのついたテープレコーダーを持ち歩いていた。夜中に外に座って、何時間も自分の周囲の音をマイクを通してヘッドフォンで聞いていたよ。マイクを通して伝わってくる世界の音を聞くのはとても奇妙なことだった。まるでとても人きな顕微鏡で物を見ているような感じだ。僕はその連帯感と非連帯感で音楽を作る方法を研究している。

 

そのような音楽や視覚の、アイディアに対する熱心な研究を重ねているイーノのもとには、いつもドアマット分くらいの手紙その他が届く。私達が話を始める少し前にイーノは彼の事務所で、彼に興味をもった人々からの手紙に答えたぱかりだった。

 

今日来た手紙の中に特に僕が感激したものがあった。シカゴにいる精神療法医からの手紙なんだが、彼女は自分が治療している子供に環境音楽を使っているというんだ。そして、誰もがまるっきり耳が聞こえないと思っていたひとりの子供がこの控えめな音楽に反応するようになってきたという。そしてずっと長い間それだけを聴いていたようだったが、今では少しずつ他のものにも反応するようになったというんだ。もうひとりの子供は、彼女が書いてきたところによると、2年間寝ていなかったそうだ。が、まわりが何をやってもだめだったのが、控え目な音楽をかけた時に、その2年間も寝なかった子供が初めて寝たと言うんだよ。

光栄だね