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interview 1981

 


 

話の焦点は、「Remain In Light」から「My Life In The Bush Of Ghosts」へと発展していった、このアルバムは、それ自体、イーノやバーンがラジオやレコードからたまたま見つけた声を自分達の音楽と結合しようと試みたものだという点だけでなく、これが「Remain In Light」のリリースにまたがっている、つまりかけ橋になっているものであるという点においても興味深いアルバムだ。このイーノ/バーンのアルバムは、ヘッズのアルバムを作りを始める前にすでにレコーディングされていた。しかしその中のある部分は、たまたま見つけた声を使うことに対しての法的問題にぶつかった後に、もう一度レコーディングし直されている。彼らは「Remain In Light」の仕事が終わった時点で、実質上このアルバムを作り変えたのだ。

では「Bush Of Ghosts」は「Remain In Light」のプロローグでもあり、エピローグでもあるわけですね?

 

その通り。これは前ぶれとしてのものにするつもりだったんだ。翻案はできていたんだが、法的な理由で延期しなければならなかった。結局、そっちの方がよかったわけだがね。最初のものは、部分的に弱いところがあった。で、トーキング・ヘッズのアルバムを作っている間に、最初にぶつかった問題を解決することができるようになったんだ。僕が仕事の見通しをたてようとする時、それは必ずその時の気分に左右されてゆがめられてしまうんだ。まず最初はエキサイティングなんだがその後ものすごい疑惑感にとらわれる。で、それが強くなると、そのアイディアを捨てることになってしまう。最初のものに対する法的な問題はそのとても手軽な言い訳になる…。そして結局は、気に入ることになるんだ。

「Remain In Light」に関しては、現在僕が特に興味を持っていることに対する試みはうまくいった。しかし、それを十分にのばしきってはいないと思う。例えばヴォーカルの層についてのアイディア、これはもっと深くやってみたかった。もう何年もそのアイディアに魅せられていたし、将来もこれをさらに深くさぐろうと思っているんだが、このアイディアを実際につかんだのはレコーディングが終わりに近づいた時だったんだ。しかも、アルバムのレコーアィング・プロセスが非常にテンポの遅いものだったんで、僕のやりたかったヴォーカルを層にするアイディアをのばしていくことができなかった。

もうひとつ、僕達が発展させたことで僕が気に入っている大きなこと、それは楽器を組み合わせるというアイディアだ。数少ない楽器で複雑な事をやるかわりに、多くの楽器でとても簡単なパートをプレイし、それを絡み合わせて複雑なトラックを作る…。例えば“Born Under Punches”では、それぞれが簡単なことをやっている5〜6台のべ一スを組み含わせているんだよ。アルバムの中の一曲、“Listening Wind”という曲はとてもいいフィーリングで、今の僕のムードに一番近い。ミステリアスで、ダークで、ほんのわずかに当惑した感じで…、「Bush Of Ghosts」にも通じるフィーリングがある。このアルバムの目立って違うアイディアは、たまたま見つけた声を使ったことだ。しかし今では、それがユニークなことだとは思ってない。

 

Bush Of Ghosts」でイーノとバーンの2人が使ったテクニックとは、彼らがふと見つけたいくつかの声を使うことだった。レバノン人の山の歌うたいや、憤慨したサンフランシスコのラジオ局のホスト、悪魔払いの祈祷師、ラジオの福音伝導者・・その他しかも彼らを、バックグラウンドの音響効果としてではなく、リード・ヴォーカリストとしてトラックの中に組み込んだのだ。また彼らはさまざまなたまたま見つけた楽器を使ったりもした。灰皿、ごみ箱など…それらは、彼らがロスアンジェルスで持っていた乏しい楽器類を補うためのものだった。そしてトラックは、ランダムな可能性よりも、独断のクリエイティヴな可能性の方に注意を払いながら作られていった。イーノとバ一ンは、レコーディングを始める前から、興味を持った声を集め出していた。そして音楽的なムードを創造したり高めたりするために、ラジオや他のレコードなどから録ったそれを選び出し、つなぎ合わせたりし始めた。

 

僕達はどちらも、普通の歌の構造にあきあきしていたんだ。自分が録音する自分の声は、自分の個性につつみ込まれている。僕達が望んでいたのは、何かもっと神秘的なものを造ることだった。それは、声をそれに関連するものすべてから切り離して、そしてメイン・ヴォーカルとしてフィーチュアすることだったんだ。そしてその声を音楽的なムードでつつみ込むことによってその意味を創造することができた。ある意味ではこれは、声を言語という意味から離れたところで使いながら、まだ洗練されたムードを創造することができるかどうかという試みだったとも言える。

基本的には、僕はリリック中心のレコード・レビューを読むのに嫌気がさしているんだ。素晴しく適切だと言わんばかりに引用したりしているが、しかし、音楽の方はまったく無視している…そういう奴らは「Bush Of Ghosts」にどう取り組むんだろうね。理解できない言葉はあるし、外国語のヴォーカルも入っているし、おまけに歌詞カードなどないのだからね…。わからないね!

僕が良くできたと思う2つのトラックは“Moon Light In Glory”(たくましく、パーカッシヴなトラック。ジョージア州シーアイランドのムービング・スター・ホール・シンガーズのヴォーカルで、その演説口調のスタイルはバーンに似ている)と“Regiment(開放的なはずむようなドラム・パターン、上にかぶっているヴォーカルはレバノン人の山の歌うたいのもので、《アヤトラーへ》への朝の祈り)のように聞こえる)だ。この2つが、このアルバムで真に成功したと言えるものではないかな。

“Regiment”でのシンセサイザー・ソロは、僕が今までやったもののうちで最高の出来だと思う。フリップのギター・ソロを盗んだだけだ、などと思う人もいるだろうが(確かに思うだろうね)、しかし、このシンセサイザーは本当に僕が弾いているんだ。実際、フリップは前に僕のことを、彼の聴いた中ではベストなギター・プレイヤーだ、みたいなことを言っていたようだが、僕はギターなんか弾いていなかった。

 

幅広い、ローリング・スタイルのドラミングはニュー・アルバムのA面を代表しており、これは直接、イーノの「Before And After Science」のビートのきいたトラックにつながってくるのだが、イーノに言わせれば、これは意識的につながっているのではないそうだ。

 

レコードを作る時は、たいてい、今まで自分がやった事とは関係なく事を進めている。しかし、振り返ってみると、ある部分で先行しているのがわかる。君は正しいよ。確かに「Before And After Science」はリズムの点では先行していた。そして同時に“Kurt's Rejoinder”では初めてたまたま見つけた声を使っていたんだ。前例をたどれば……、トーキングヘッズのアルバムを見ると、デヴィットの歌い方がどんどん伝導者っぽく、演説口調になっていくのがわかる。僕達は2人とも、アイディアに同しバックグラウンドを持っていたんだ。あるひとつのフレーズ、それは明らかに関連性のないものである場合が多いんだがそれを型にはまったリリックの代わりにすること…。それで僕たちはアルバムで声と取り組むことになった。

また、僕たちはブラック・ミュージックにも夢中で、そのリズムに対する興味はアルバムにも強く表われている。これもまた別の要素なんだ。精神的なものへの動き、それを感じることができるはずだ。この場合の《精神》はジーザスを意味するものではなく、アフリカの音楽で使われている霊歌的なことだ。踊るための音楽と精神的なレベルで人々を動かす音楽の区別などは何もない。僕達は特にこの奇妙な雰開気と精神的なものの中で、行動したりダンスしたりするのと同じように働いてみたいと思っているんだ。

続く→