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interview 1979

 


 

他のミュージシャンと仕事をするとき、例えばト一キング・ヘッズの2枚目のアルバムのプロデュースの時はどうんな風でしたか?誰の音楽的アイディァがあなたのそれと交差しましたか?

 

あのアルバムのプロデュースには何の問題もなかった。本当に楽しかったし、サクセスフル・コラボレイションだと、思っている。お互いに準備も整えていたし、彼らにとっても私にとっても、いい勉強だったよ。あのスタジオの使用も彼らには新しいアプローチだったんだ。彼らはソフィスティケイトされた方法でスタジオというものを使ったことがなかった、いや、技術的な意味ではなく、スタジオ内にいる事についてどのように考えるかというアプローチの点からの話だ。彼らはとてもスタンダードなやり方をしてきたと思う。その結果もそれなりのものだったけれど、真実の興味はスタジオにいることから引き出されるというより、むしろ素材にあると思うんだ。あの時の素材は確固たるものだった。ファースト・アルバムにさらに加えたものがあるから…わかってもらえるかな。あのアルバムを聴けば状況に関してより、リアルなアイディアがどれ程あることか。彼らは見事だったよ。私が他の人間と共に何かをする時は、いつもこんな方向に持って行くんだ。作品の揚げ足をとる様に、“何故やってみようとしない?何故これをしないんだ?何故もっと速くプレイしないんだ?(笑)と、こんな風に、要するにそれによって何が起きるかをじっくり跳めるんだ。私が手を出している限り神聖的な事などありはしない。レコードを作るという事はもっと他の違ったアクティヴィティだから、それに十分な準備をしてかかったというわけだ。

 

彼らとしてはどの程度喜んでいたのでしょうね?その素材のいくつかは過去2年間の最終フォームのようにも思えますが…?

 

今はもう変化しているよ。(笑)

 

彼らとか、他の誰にしても、一緒にやるとなるとあなたのパーソナリティーを押し下げる必要性というのを感じませんか?

 

全く。時々、その人違のものを接収できる点に達するんだが、それは望めば可能な事で他の事でも同様、私が望みさえすれば自分の曲にそれを取り入れることもできる、かなり効果的に…。そのへんでの事柄のバランスは確かに私の中にあるからなんだ。そんな事したくなかったね。それは利他主義のセンスではなかった、それより私はこれを用いて果たして彼らに何が起こるかに注目していたんだ。実際、言うに及ばない程の、そう…彼らに与えてみて何をするか見ればいいじゃないか。又、自分に何かを与えるような曲の見通しが突然たってしまうこともあった。それは基礎のオブジェクトを用いるのに以ている、そしてオリジナルを台無しにするまで(笑)続けるんだ。新しい特殊機構でね。たぶんそれは抑制の一アクトで、同時に奇妙さから生じるものだろう。“OK、それではこう考えよう。私のやり方なら何が起こるかよくわかるさ。しかし、彼らの方法だとすると、いったいどうなるんだろう?”これは、2とおりに分かれた実験が二つの方向性を示す事を確認することなんだ。なぜなら私だって自分自身の方はよくわかるけれど、彼らの方は想像もつかない。本当に彼らの成し遂げたことを見るにつけ、私は多くの知識を得たんだ。彼らほ完全に異なる、しかも興味深い決論を出したのだからね。

 

あなたの作品は二つのまさに異なる部分に分けられますね。フリップとの共作とソロ・アルバム、そしてよリロックンロ一ル・アルバムに近いタイガー・マウンテンとヒァ・カム・ザ・ウォーム・ジェッツの2種類に。そこでアナザー・グリーン・ワールドとビフォー・アンド・アフター・サイエンス、さらにはボウイとのコラボレイション、このへんになると以前の方向を消して行くようにも感じられるのですが、それともすべて同じことなのでしょうか…。

 

ああ、そう、それはハプニングの一種だった。物事の間のディヴィジョンというものを私は望まないんだ、共に浮いていてほしい。今は、ある程度までは完成してしまっているけれど、本当に私が望んだことだったろうか?今、私は行間の暗示物を確立し直したいと思っていて…それがこの様になってしまうんだ。それは常に私が4種類もの事を考えているような時期、そんな場合であり続けた。そして私の考えていた事が次第にミックスされ、そこに又、別の分岐が現われる。しかし実際には2番目の分岐点では分かれた2つのものが前以上に完壁に近くなっている。だから、ハード・ロックとか、名称は何であれ、ソリッドなロックでもない。一度他にはいってしまったものが再び表出する。その表出物は混成物で、この枝葉全体がやがて現われて、合体すると、それこそ新しいインプットになるんだ。少し考えてごらん、あるダイヤクラムがいい例だ、いくつかの分岐点が同時に現われ、新しいものが介入してくる。そして拡大傾向にあるものが再び分岐をつくり、新しい要素となる。この手のフォ一ムだ。その分岐の瞬間はリサーチを示すからとても興味深い。今、私は合体の期間から抜け出て、再び分岐を探しているところだ。私は互いにセパレートを保つ物事の関係を見てみたいんだ。この方法ならより面白いことが得られると私は考えている。

 

あなたの言うその方法からすると、ボウイとのアルバムはうまく行ったものですか?

 

そうだね、どの点からみてもそう言えるだろう。全般的に、と私が言う時は次はもう少しよい物になるという事の意味なんだ(笑)そういうことさ。

 

ある人は、ボウイがあなたを起用したのはスランプから抜け出す為の策だと思っているようですが…。

 

 

私にはとても考えられないね。もっとも本当だとしても構わない、彼の意図するところなどどうでもいいことなんだ。そうだろう?私はフィルム・ミュージックに対しても同じ姿勢でいる。かなりのフィルム・ミュジックを作ったけれど、他の人にはこう言う、“時間さえあれば、どんなフィルムでも手掛けよう。フィルムがどれ程よくないものでも関係ないことだ。”私はフィルムの質には興味はないんだ。それに音を加える事を許容する事、これがすべてだ。だから、自分個人の作品では不可能な実験の場でもある。理由は私にもわからないけれど、やはり、制限の加えられた状況からの音楽、他の人とのコラボレイションやフィルム・ミュージックなどは私個人ではできない物を生じさせる。その意向は全く気にならない、たぶんそんなものはフィルムにクレジットされる私の名まえ位のもので(笑)レコーディングの時間を提供してくれるなら、あとは構わない。ボウイにしても、ある意味で彼がスランプの状態だった事は私もわかっていた。その中で彼は方法の極限に到達する事を意識していた。その様な時には判断も効かない、音楽がその面白さを失っている事実にも気づかないんだ、あのアルバムは今も売れ続けていて、ボウイのアルバムも同じだけれど、そこに疑問はない。ロッド・スチュアートやジョン・デンヴァー、エアーウェイヴを広がらせる無限の無駄口は人々を動揺するだけだ。
ボウイを批評する人達のために、彼は自分でそれを認めていたよ。そしてスランプから脱する為にテクニックを要した、と。連中にとっては馬鹿らしいだけの話だろうね。彼らは同時にいつまでも同じ場所にいすわるロッド・スチュアートを論じているのだから。2つの評論を両立させるのは不可能で、どちらかひとつしか確立できない。彼は私にも、インタビューでも言っていた、彼は本当に正直なんだ、方向を変えたいと。そしてその手段として私を見たと。いいことだ。(笑)私は役目を果たしたのだから。彼と一緒の仕事は好きだよ、何の不満もない。

 

そしてあなたは伝統的な東洋学にも興味を持っているようですね。神秘という点からしても、それは常に根底にある傾向のようで、何か特別のアピールをあなたは感じているのですか?

 

そう、ずいぶんとあるだろうね。私にとっての初めて、東洋に対する眼を開く原因になったのがジョン・ケージだった。彼の本を読んだけれど、禅の指導と彼の音楽的方向が驚くほど近いものだった。私を感動させたのは、音楽はこのような方向のリハーサルのための技術だという言葉だった。それがいかに作用していくかを見届け、この保護下的なアートの状況では危険など全く存在しないから、死ぬこともない。しかしあえてノーマルな生活の許さないような冒険を冒せるのだ。自分で小さな領域をつくり、試してみる。すると禅の哲学に支配されながら、完成に近づくことを納得できるだろう。何が起こるか、君自身にどのような変化が起こるかがわかるだろう。ケージの音楽は禅の哲学に見事に適している。私はそれまでの過激な状況から抜け出し、より不明瞭なミスティカルな混成に興味を移していった。名称はなかったけれどそれはチベットの仏教と I Ching の思想が混じったものだった。もちろん、これがオブリック・ストラティジイズに影響している。これらの哲学は宗教と同様、見せかけのものだった。宗教的観点からするとChogyam Trumpa(チベットの仏教徒である哲学者)などは、信仰にかけては皆無も同然なんだ、それよリは経験的な展望に通じていて、いかに人生を成功へ導くか、どのように物事を運ぶか、これが私の注意を引きつける。しかし、その答えを与えたり、方法を呈示したリ、自己改善のコンセプトを要求したりすることではない。西洋の宗教はすべてこの自己修養の概念がまとわりついていて、東洋のものは一般的に他のものにその道をみつけている。それは自身を受諾する事で、“これこそが私自身だ。この事実を正しく理解しようと努め、又、全部分を適切に働かせようと努めれば、物事はすべて順調に運ぶ。”と云うのだ。一掃、抑制、拡大いずれにせよ問題はない。個人のパーソナリティーに制限を加えるのではなく、それを拡張しようという試みなんだ。神経の部分までも。恐れることはない、解き放たれたままにしておくだけで十分だ。

むろん西洋の精神分折学者達が暗中模策しているのは、残念ながら完成されずにいるけれど、今まで阻止して来たこれらの事を具体化させるあらゆるシステムなのだ。もう一度言うけれど、人々にはこれを成す為の安全な環境が必要だ。ただ、これを多くの他人との交感を要する日常生活で成そうというのは余りに分別が足りない。精神分析学者の寝床は、絵を描く芸術家の貧しいヴァージョンだからだ。寝床では無防備になってしまうから、自分のふるまい方を見てみるといい。“もし、これをしたら、本当にどうなるだろう?どうやって反応しようか?これは本当に私の欲していたものなのだろうか?”と。スポーツは又別のヴァージョンで、ここでは先のことがかなりうまく行く。ここでの状況は物理的隔離により性格づけられていて、それは一連のルールによるものだ。だから学者達を止めれば君の用いた特殊な行動傾向も停止する。オフィスを離れれば実験も終了。通りでの豪語や電車の中での演説はしないだろう?(笑)状況の関連性は個人の行為の場にある、という事を認めるだろう。なぜならそこには君のための保安が必ず存在するのだからね。

このことは理解しがたいだろうと思う。アートにおいても生活の場においてもこうあるべきなのだが…もしその人が真のアーティストならアーティストであることの行為は一人の人間としての行為を象徴するものになるだろう。それらは全体として、連なっているべきだ。しかし、私はアーティストであることの意味は物事への挑戦にあると思う。そして、それらが実生活にいかに関係しているかを明らかにする事にも。もちろん、その関係は非常に好都合である場合が多いから、その行動パターンを示すこともおおいに可能だ。しかし、他のパターンは実生活には全く影響してこないだろうから、この未経験の哲学をランダムに表し、失策を演じる必要は全くない。

 

あなたはかつて、“名前のついたカルトの象徴”などと言われていましたが、一昨年あたりから、確かに聴衆は増えていて…

 

劇的だ…まあ、それも当然かも知れない。

 

そのことについては?

 

うれしいことだよ、そのような刺激は本当に素敵だ。しかし、一方ではやっかいな問題を引き起こす。それは私のやり方の結果なのだろう、とてもつまらないオリジナルだからね。時々スタジオの中を歩き回ってピアノを何度も叩いてみる。そしてそこから発想が生まれるんだ。画家もそんな風にして始めるのだろう。キャンヴァスをあるサイズに拡大して、それが実際の作品そのものではないのだけれど、自分を前進させる為に慣例的にそうしてしまう。私も同じく、何か小さな事が起こるまでそうしてみる。そして突然興味深い細部が見えて来る。それなしには、この種の事をうまく説明できない、何でも最初はつまらない始まリから出発するんだ。

前に言った問題とは、スタジオの中を歩き回ってそれが始まると考えてしまう事。“これは、ひどい。何千人の人は、私の事を本当に素敵だとは思わないだろう…。(笑)このぞんざいなこと…。”こんな風にね。だから素敵な時の中で、楽しみながら遅かれ早かれ、何かが生まれるだろうという心持ちに戻るのはとても難しくなってしまう。楽しみどころではない、本当の苦痛なんだ。これはかなりの頭脳の酷使とエキサイティングの両方を含んでいて、しかもそれが同時に存在する。少し考え始めるとエキサイトの要素がなくなったかのように、重荷だけがかかってくる。私は初期のレコードではかなり苦しんだ。ある曲を聞こうとするとすぐに、これは素晴らしいと思ってしまう。これで他の人にもそう言わせてしまうんだ。今ではそんなことは思いもしないし、過去の作品にそれほど戻ってもいない。でも、例えば“僕たちの音楽はあなたの作品を基盤としているんですよ。”などというバンドに出会うと、私はこういう。“ああ、そうなの。わかるよ。(笑)なにかいいアイディアをえられるだろうね。”と、そうすると私が今までしてきたことは常に重要性を持っていたのかと思ってしまうんだ。だから例のつまらない始まり、“ああ!こんな事ではない、木のてっぺんから物事を始めなければ…”この矛盾にはしばらく悩んでいたよ。今はそれを超えたと思っているけれど。

 

あなたの変化についてもう一つたずねたいのは…以前のデカダント、暴力的なイメージが、今は人間性あふれるものに変わってきたということなんです。どのような変化があったのですか?

 

確かに変わったね。(笑)

 

それがどのようであったかと…。

 

私自身に起こったことだったと思う。なかなか面白い事だったよ。ある時期、とても有名になったのだけれど、私にとっては本当にユニークな時期だった。他の部分はそうではなかった。グループ外のところでは私はデカダンではなかったんだ。ロキシーにいることで突然私のパーソナリティーの方向は信じ難い程の挑発、と受けとられていた。私の中のそのような部分に自分ではたいして気をつけていなかった。なぜならそれはスタイルの一面だからね。だから皆が、彼らは凄い、グレイトだと言い出すまで気づきもしなかったよ。ロキシーは一般的にはその種のものに支えられていたし、挑発的な刺激を基としてそれを上昇させて行った。それはある人間の性格の一面を都合よく助長して行くことだ。もし、その事に気づいた誰かなら、ステージから落ちてみんなの視線を集めるはずだ。“ハハ!ナイジェルが落ちたぞ…”とね、ナイジェルはいつもステージから落ちていたよ。彼はそれを楽しんでいたのだから正解だ。
しかし、私の場合には限界があった。自分の性格の一面を十分すぎるほど拡大していたからね。それは自由ではなく束縛に変わって行ったんだ。最初はそのような事が真の自由だと思っていたけれど、ある事に気づいたんだ。まず、そのことにエネルギーを使うということは他にエネルギーが回らなくなることだ、これは当然だ。人は無限のエネルギーは持ち得ないからね。そして他の面、それは退屈さでごく普通に人と話したり、本を読んだりすることのようだったんだ。(笑)何の視点すら得られずにいた。もう一つは私が気に入った状況に立ち入れなくなってしまうこと、その効用のひとつは私をまさに遠方にある尊大なものに見せることで、たぶん皆、私には近寄りがたかっただろう。それが私と他の人との関係を阻止していたんだ。もちろん古い友人は私の実際の姿を知っていたので何ともなかったけれど、他の人との距離は歴然としていたね。私はそんな事を始めて、これらの事がすぐにわかったんだ。私の選んでいた状況は“ボーイ、僕は彼方の、君とは別個の、異なった人間かい?”こう言ってしまうこと、そしてそれは決して望まない役そのものだった。役割と言っても、学び取ったのではなく、唯の過剰演出が余リに多くの注意を引きつけただけのことなんだ。

 

だからあまり深入りはしなかったのですね。

 

そうだよ。例えば5、6年前の事を考えてごらんよ。ロキシーに留まらずに、私はサイバネティクスのコミュニティーに活気を与えるようなサイバネティクスに関した文を書いていたんだ。“ああ!これこそニュースだ!”(笑)そう、この方向が進展していたら、私はさらに多くの事を書いていただろう。私は2年間でとてもアカデミックになってしまったんだ。でも、同じ事のくり返しだったろうね。きっと私はこう言うんだ、“そう、アカデミックであるという事は素晴らしい事だ。”と。一時期、すべてがこんな風だったけれど、結局静まってしまった。それを非難するような事は言わない。次第に強調の色を失っているだけなのだろうから。

 

あなたがあるところまで来たら音楽を捨てて、別の事を始める、そんな可能性はありますか?

 

ああ、考えられるね。

 

それがどのような方向であるかはまだ予感として感じませんか?

 

ある意味では…いや、もしこの事を他の人に話すのなら、これから私が話すことはとても方向とは思えないものだろう。想像がつくのは、私はおそらく何もせずに徹底的に生活を楽しんでいる、そんな事だ。特にしなければならない事もなく、外に向ける何かを作り出す必要もなく…これは東洋的な発想かな(笑) 起きて、朝食を作り、床の掃除をするように必要な事をする。これを十分面白いアクティヴィティだと考え、又、リッチなアクティヴィティだとするんだ。以前、私には長い期間にわたるとても強い衝動があった…庭師になることさ。(笑) これは“バック・トゥー・ジ・アース”的なものではなく、私は本当にその事ばかり考えていたんだ。(笑)。

何故恥かしがる必要がある?とてもスロウな生活のスタイルには仲々興味あることだと思うし、季節や時間にとても敏感になる。私は自分自身のやり方から言って、適確な時期にいない、季節は移ろうとしている。つまり、暑かろうが寒かろうが、作品は季節から季節へ、依然同じままで存在する。私には夏の作品も冬の作品もない。同様に、昼の作品も夜の作品もない。年月や季節が巡る事はひとつの連続と言えるんだ。

これで十分だ、特に意識している事はないのだからね。でも一方で、私は長期間緊張しているというアイディァにも魅かれている。今までそうやって縛られていたのはきわめて短期間だったから、音楽に関したらみんな短く、時の断片に生きて来たんだ。今はこのインタビューに応じているけれど、次には急いで誰かに会いに出かけるだるうし、今夜はレコーディングに7時間を費す、そしてしばらく眠る…このようにすべては断片なんだ。

私の時間の遠度はとても速く、それゆえゆっくりとした何かを求めている。とてもスロウな基本的な事を望んでいる。つまリ、変化の発生を確認できる様に。今まではそれがわからずにいた。何にせよそれをするには多くの事をしなければならないようだね。

 

現在のあなたの聴衆について感じる責任はどのようなものですか?あなたに対してどのように反応してほしいと思いますか?

 

そう…今はかなり素敵にやっている。あらかじめの予想などないんだ。それにしても本当にたくさんの手紙が来て、面白い。たぶんこれをフアン・レターと呼ぶのだろうね。手紙の面白さは、インタビューに答えるのと同じことで仕事の一部なんだ。取りとめのないことが私にとっては重要でそれがあからさまに関連性を持つものであってほしい。この2年間に私は、アイディアというものに興味を抱いている多くの人達から手紙を受け取った。彼らにとって音楽とはアイディアの為の試金石を作りだすものなんだ。そしてたぶん他では成されなかった思考方法を喚起しているのだろう、私に来る手紙の中に時折、とても長いものがある。16から20枚ほどの膨大なもので、非常に面白い。それらすべてに返事を、と思うのだけれど、無理なんだ…私はフアン・クラブ・マガジンを受け取ったり、手紙の返事を書く。それは特別の興味よりさらに面白いものであるはずだ。手紙のコピーをとっておいて、彼らにファン・クラブ・マガジンを送る。毎シーズン、そのマガジンが発行され、私の書いた文もかなり載っている。
人が私についてどんなことを言うか、についての文だ。それは私が望む以上の高いレベルだから、私は皆の目をアイディアに向けさせようとしているんだと考える。多かれ少なかれ、音楽は私の望む効用を人に与えている。

 

でも、あなたは他の人に対する特別な意図を持たないのでは?

 

そんなことはない、特別な意図はあるのだけれど、秘密なんだ。(笑)それは巧妙な種類のものではなく、効果的にハプニングを防げる事を示す、あるシチュエイションだと思う。それを口に出してしまったら、社会政治学者のようになってしまう。私は、それだけは避けようと思っている。理由は、私を無用の議論にかり立てるからだ。だから絶対に話さない。私が自分の言明について語らないのはそういう事からなんだ。私は公然とした事には手を出さない、その種のことの論点は基本的には知性の中の馬鹿げた部分と人気取りの連中によって、不明瞭になっている。わかるだろう、例えばマルクス主義、レーニン主義、トロツキー主義、無政府主義、資本主義…何とつまらないことばだ。これらのありとあらゆる表現はもう、その意味をほとんど失ってしまったんだ。何の価値もない、今は唯のサインになって、皆それぞれの解釈をしている。そこで私はこれらについてはクリアーでいようと思っている。この文字、対話におけるハプニングとは社会的発想がその姿を現わそうとしていることだ。私にはそれをコントロ一ルする義務はないし、逆に強いられてもいない。口に出したこともないのだから。しかし私がそのハプニングを見た時には、それに賛成するだろうね。(笑)余り回避的に思われないよう願うよ。

 

わかりました。あなたに政治の質問をするのはやめましょう。

 

きいてもいいんだ。私が答えないだけだよ。(笑)

 

あなたは自分のすることがこの先うまく行くと思っていますか?

 

私は自分のすることに制限を加えないので将来を計画するようなことはしない。この先を満たすために続けていくだけだ。

 

では、過去を振り返ってみて、うまく行っていたと思いますか?

 

ある意味ではね。時間がたつにつれて次第に良くなってきているように思える。すべては迅速に行われ、要求なしに、“これはエキサイティングだ!”の精神で行く。ほとんど実験的な冗談のアチチュードで、私はそんなものに今も興味を持っているんだ。驚いたことにはこれが予想さえしていなかったことなんだ。私は後世の為に何かをするのではない。“ああ、これは後に残るものだろう。これから50年たってもみんなこれを聞いているだろうな。”(笑)私のしていることはそんなことではないんだ。

 

 

 

rock magazine 1979/1 vol .19                        ( hataeno )


 

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