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Vol.5  JULY 1978

 

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■ Interview   (後半:Vol.4の続き)
■ Letters   イノベイション レターズ・ページより

 

 


 

■ Interview

 

 

2人の男だけでもポリドールはキャンペーンには乗り気じゃないでしょうね。

 

かまわない。正直なところ宣伝とかキャンペーンなど…いらいらしてしまうし。そんなことは人を失望させるだけだ。不本意さがあればそういうバカ騒ぎから生じたものを聴けるだろうけれど、何かを与えられるのを待っているようなまちがった聴き方さ。

 

新しいアルバム(Before & After Science )にはどのくらいの時間を要しましたか?

 

あれはたしか、`75年の8月頃から考え初めてはいたんだ…実にやっかいだった。問題の一つはあまりにたくさんの興味深いことが起こり続けていた。ということかな。少なくとも今、自分のしていることより素晴らしい、いや、それ以上のことが自分の傍らで起こっているということに気がついて私は当惑してしまったんだ。私にもバックグラウンド、名声といったものがあって、私にはそぐわないけれどやはり…気になってしまって…。 正確にどれくらいかかったのか良くわからないけれど、ともかく長い時間だった。やり方としては、2週間かかりっきりになって休み、という具合にね。そんな風に時間がかかった理由は私が自分の方法の中で苦しんでいたからだと思う。

私はいつもあらかじめ納得できるような結論を先に持ってきてしまうんだ。あの時は、そんなやり方はしなかったけれど、それに変わる方法をまだ見つけていなかったので、まったく取り乱してしまっていたんだ。レコードのことばかり考えていたので、どんなにひどい状態だったか…君にも想像できないだろうね。本当に始終考えていたので眠ることもできなかった。“まてよ、あの曲はこうしたらいい!”などと思い、夜、横になっていても一晩中、音のことを考えていたんだ。でも、何かの形でひとまず区切りをつけたいと思い始めた。アルバムのできの善し悪しも無視してね。そう、たとえどんなものになろうと。そこから抜け出した方が良かったんだ、つまり、それは2人の人間の関係が崩れていくのに似ている。もちろん、お互い話をすることも仲の続くようにいろいろするのも可能だけれど、ある点に来たら見きわめなければならなくなる。“私達は違うのだから、もう別れよう”、こんなふうにね。だからアルバムの内容に自信を持つ、持たない、いずれにせよ、もうリリースしなければならなかった。要するに、マーケッテイング・キャンペーンなどは控えめな方が好ましいということさ。

 “信じて買おうとするな、実際に聞いてみて気に入らないこともありうるのだから”オブスキュア・レーベルが指摘したのはこのことだったんだ。“あなたが気に入らない(かもしれない)レコードです”ということはアーティストの知名度ではない。大切なのは実際に耳を通して聴くリスナーの方だ。彼らが聴くのだからね。嗚呼、なんてひどい…。私はみんなになんと言ったらいいのかわからない…。

(こんなにペシミスティクになってしまって本当にすまない。ほどく悲観的なインタビューになってしまうだろうね…。でも嘘は言えないし。イヤなことは控えておく性格だから。今のこの私のペシミズムは数多くの個人的なことから来ているので、他の人にはわからないことだろう。ある意味では私は演じることができないのだ)

 

それでは、あなたはボウイーのアルバムより先に自分のアルバムに取りかかったにもかかわらず出来上がったのは自分のアルバムの方が遅かったということから、ボウイーの影響が大いに考えられるのですが、どうですか?

 

そう… 多少。ずいぶんドライなやり方を学んだと思う。常にオーバーワーク気味で決して面白くもなかった。気軽な気分でいれば何でも楽しめただろうね。でも、そこに漂っていた、ヘヴィーなどちらかと言えばものだったよ。私は必死だったんだ。自分の手がけていることが本当にエキサイティングなものだと、そのことが私を引っ張ってくれる。そして自身の方向を持っているかのようになり、私はただ従って行くだけになる。私にとって、ベストな状態というのはそういうときなんだ。うまくやってのけるのには相当エネルギーが必要となるだろう。なぜならそんな風にエキサイティングになる前には、それがまだなんでもない時、そういう期間が必ず存在するから。それ自分のエネルギーを持ってそのブランクな状態から引き上げることも必要になってくる。私は長い間疲れ切っていたので、エネルギーどころではなかったけれど。ボウイーと一緒に仕事をしていて楽しかったことは、彼が私のやり方を知っていて、彼もその方法を望んでいた、ということさ。おかしいことを言えば最終的な責任が私ではなく彼にあったこと。そんなことに気づいて、私はまた、元気を取り戻した。彼の方にもエネルギーは元からあったのだから、これでエネルギーのダブル・インプットというわけだ。私が手を抜けば、彼がその分を補い、またその逆も起きた。それで私は本当にわかったんだ。自分のしたかったことは実は他人と仕事を分け合うことなのだと。実際そうしてみると自分の立場も忘れるほどエンジョイできるのだからね。もし、私が一回のローディーだとしても他人のすることは十分楽しめると思うよ。

 

ボウイーとまたアルバムを作る予定は?

 

はっきりしないけど、そうなるかもしれない。その話はしていないんだ。

 

彼、あなたを呼び出すでしょうね。

 

多分ね。私達はそういう話を前から相談したりはしないから。彼は3ヶ月か4ヶ月以内に一緒に仕事をする人間を捜すんじゃないかな。別にそれが私だと決まっているわけではないけど。

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彼とのギグはどうですか?

 

その話は確かに持ちかけられたんだ。。私はあまりギグは好きな方ではない。反面一緒にギグをしてみたい人もいて、彼はそのうちの一人だ。多分、素晴らしいものになるだろうけれど。問題は、それが長期間のツアーだということさ。私にもいくらか外にしたいことはあるし。ツアーとちょうど重なってしまうんだ。まぁ、夏までは一緒にすることもないだろう…。彼は5ヶ月のツアーだと言っていたっけ。なんて長い時間なんだろう。

 

 

 

訳者注:以上がZigZag80号に掲載された、ペシミスティックインタビューです。ペシミスティックといっているわりにあれこれ良くしゃべる人で、いつものことながら感心してしまいます。(中略)
それから、イーノの語るところのプロジェクトの一つにASWADと共にレコーディングをする、というのがありましたが、ASWADとはやはりレゲエ・バンドでJAH-PUNKの部類に属する新しいバンドです。(後略)

 

 

 

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裏表紙

 B5/20ページ/手書き

 

 


(提供:せがわたくや)