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interview 2005.8  / 2

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

コンピューターは選択肢が多過ぎて
方向性を見失う危険性がある

 

 ボーカルに関しては、もっぱら Studio Vocalist と Auto-Tune の2つのツールを使ってさまざまな実験をしたようだが、そのほかにも「ア・ロング・ウェイ・ダウン」では、ボーカル・トラックヘ調子の外れたキーボード・メロディを手作業で重ねたり、また「ジャスト・アナザー・デイ」では“リスナーに小さな窓を与える”ためにメイン・フレーズをバラバラにカットしたという。いずれにせよ、こうした作業はコンピューター無しでは成し遂げられないもので、実際、イーノは『アナザー・デイ・オン・アース』のほとんどすべてを APPLE Mac と Logic を組み合わせたシステムで作り上げている。しかし、コンピューターで音楽を作ることに対して、彼が繰り広げた過去の批判は一体どうなったのだろう?

 

 本作の2曲「ボトムライナーズ」「アンダー」は、僕がコンピューターを音楽作りに取り入れれる以前……つまり約6年前に TASCAMDA-88で作った作品だ」とイーノの長い弁明が始まった。「その後、僕はDA-88とコンピューターを半々に使うという、かなり中途半端な仕事の進め方を一時期行っていた。とてもぎこちない作業方法を選んでいた時代だったよ。そもそも僕はデジタル・テープを使ったレコーディングが大嫌いだった。あまりにも信頼性に欠けていたからね。そうしたこともあって Logic をバージョン4から7.1まで使い続けてきたが、それでもコンピューターを使った音楽作りに対する嫌悪感をぬぐい去ることはできなかった。今でもそうした感情に変わりはないが、一方で、音楽ソフトウェアが飛躍的に改善されたことは事実として認めている。僕が昔繰り広げた批判をプログラマーたちが真撃に受け止めてくれたからだろう。昔に比べてメニュー中心で操作する非直感的なツールではなくなってきていると思う。そうした点でも Logic はかなり進化したと感じるし、また、最近のプラグイン・インストゥルメントも以前に比べてはるかに優秀になったと思う。しかし、最も大きな問題は、楽器の形をしたインターフェースは MIDIキーボードだけという点にある。例えばキーボードとギターでは、演奏時に下す判断に大きな違いがある。だからコンピューターを使うときは、音楽的にとても偏った作業環境の中にいるということを自覚しなければならない。意識しなければ、ついついコンピューターやキーボードの得意とする作業にばかり手を出すことになるからね。しかしここで逆に発想を変え、一般的にコンピューターが得意としない作業ばかりに手を出せば、興味深い作品を作ることができるかもしれない」

 

 「例えば……」とイーノが続ける。「冒頭曲である“ディス”の場合、僕はまずべ一ス・パートを作り、その上にドラム・パートをフィットさせようとした。ドラム系のツールは STEINBERG Groove Agent をはじめ、素晴らしいものばかり取りそろえているんで、最初は十分いけるだろうと思っていた。特に Groove Agent なら、多様なスタイルの多様なドラム・サウンドを使うことができるからね。しかし結果として、どんなに頑張ってもべ一ス・ラインにぴったり合うドラム・パートを作ることはできなかった。それで仕方なく、最終的には自分でリアルタイムに打ち込むことにしたんだ。僕にはビートのジャストよりちょっと前ノリのタイミングになる癖があるため、後で全体にクオンタイズをかけてみたんだが、どうも思ったようなフィールにならない。クオンタイズをかけたことでビートが自分の感覚とは違うフィールになってしまったんだ。クオンタイズ、キーボードを使った平均律の扱い、エンドレス・ループのエディットなど、コンピューターが得意なことをコンピューターにやらせるのは簡単なことだ。しかしこれは、人間にコンピューターが得意なことしかやらせなくする危険性を秘めている。言い換えれば、人間が作っている音楽の方向性をコンピューターに決定付けられてしまうことにもつながる。
 実はこうした罠にはまってしまった人は結構多い。特に現代のテクノロジーを使って音楽を作っていると、作業が進むにつれ、それぞれの段階における選択肢の数が等比級数的に増えていく。用意された選択肢があまりに多く、よほどしっかりしていないと最後の段階では方向性を完全に見失ってしまう。これは昔からスタジオでよく見る光景なんだが、例えば歌詞作りとか、即座に解決できない面倒な問題に直面した場合、それを後回しにして、問題なく進められる作業に取り組む人が多い。しかも勢い余って新しいギター・パートを重ねてみたり、各パートに異なるサウンドを適用したりと、既に出来上っているパートにあれこれ手を入れ始める。それほど注目に値しない小さなディテールに過剰にこだわり、取っ付き回し始めるんだ。これと同じように、テクノロジーが得意/不得意とする分野、その実力や可能性についてよく知っておかないと、ほとんど無意味なことをただ延々と繰り返すだけのスクリュードライバー・モードに入ってしまう」

 

 「現在の環境ならコンピューターでもジェネレーティブ・ミュージックが作れる」とイーノは言う (ちなみにジェネレーティブ・ミュージックを作るとき、イーノはSSEYO Koan Proのソフトウェアを多用し、例えば最新アルバムでは「ゴーイング・アンコンシャス」のテクスチャーを決める背景のパッド作りに使っている)。そしてアルバムのインナーにもクレジットされている通り、NATIVE INSTRUMENTS と KORG をそうした進歩に貢献したメーカーとして称賛している。「NATIVE INSTRUMENTS と KORG は、僕が常々話してきたコンピューターにまつわる問題を解決するのに、それぞれが違う方法で多大なる貢献をしてくれたと思っている。NATIVE INSTRUMENTS の製品では、YAMAHADX7をべ一スにした FM7 が特に気に入っている。ユーザー・インターフェースも分かりやすく、いきなりとんでもないアルゴリズムが組めるなど、まさに僕が欲しいと思っていた DX7 の究極形だ。また、キーボード を思いのままにチューニングすることができるので、平均律にもアラビア音階にも自由自在に調整することができる。KORG の製品としては Kaoss Pad が気に入っている。筋肉を動かしながらサウンドを直接コントロールできる感覚がいい。僕みたいに Kaoss Pad を幾つか並べれば、そのサウンドの物理的なキャラクターはそのままに、サウンドそのものを自在に操ることができるようになる。何をどうすればサウンドがどうなるのかすぐに理解することができるので、あっと言う間に未知の体験をしている気分になるだろう。コンピューターを使うとき、筋肉をあのように使うことはまずないからね。コンピューターと言えば、頭を使うことばかりが強調され、300万年もの進化の過程で人間がようやく会得した驚くべき筋肉の動きについては全く無視されている。KaossPadはそうした意味でも画期的だと思う」

 

 

個人より集団の方が
より良い判断を下すことができる

 

 ちょっとした矛盾があるように感じる。ブライアン・イーノと言えば、かつてはDX7のプログラミングの第一人者として有名な存在だった。そしてDX7と言えば、頭を使ってプログラミングしなければならない、最も直感的でないシンセサイザーの代表格だった……。しかし、だからこそイーノはFM7の使いやすさが好きだと言っているのだろう。もっともイーノは、『アナザー・デイ・オン・アース』でもDX7を要所要所で使っている。大抵はべース・サウンドだが、あえてDX7を使い続ける理由は「そのシャープなアタックにある」という。
 そして、もう1つ気になる矛盾を指摘すれば、Kaoss Pad の筋肉を使った直感的な操作には奏者の個性がより多く反映される結果になるのではないかと筆者は思う。前述したように、イーノは個性には一切興味がないと言っているが……これに対し、イーノは首を振りながらこう答えた。
 「僕に言わせれば、筋肉の方が人間が共通して持つ普遍的な要素だと思う。そして逆に頭を使った作業の方が、個性や個人の特徴といった個別的な要素が強く反映されると感じる。個人的には、筋肉を使って音楽を作っているときの方が、ブライアン・イーノというちっぽけな殻から抜け出せるような感覚を味わえるんだ。殻から抜け出し、より大きな共同体とつながっている気がする」
 「個人より集団の方がより良い判断を下すことができる」というイーノの持論を反映したコメントだろう。こうした考えは『アナザー・デイ・オン・アース』でも実践されており、そのことは“歌詞/音楽の協力者”や、“リスナーとコメンテーター”としてズラリと並ぶクレジットリストの長さからもよくうかがえる。曲そのものはイーノと1〜2人のゲストの演奏だけで作られているが、“協力者”のリストの中には、ロバート・フリップ、アニー・レノックス、ロバート・ワイアット、ティム・ブース(ジェイムスのボーカリスト)、などといったそうそうたる名前が並び、また“リスナー”の中にもデヴィッド・ボウイ、クリス・マーティン(コールド・プレイのボーカリストで、直近のアルバムでイーノがキーボードで参加してしる)といった大物が名を連ねている。
 「これらの人々は、より良い判断を下す手伝いをしてくれた」とイーノは言う。「僕は結構、社交的な方で、さまざまな方面の人たちと付き合いがある。そしてそうした人たちに自分の作った曲を披露するのが好きなんだ。彼らの耳に僕の作ったサウンドがどう聴こえているかを想像するのが楽しくてね。一度、15〜16曲入ったCDを知人に配り“この中から問引くととしたらどの曲にする?”と質問したことがある。長いアルバムほど嫌なものはないから、どの曲を除外するかみんなに決めてもらったんだ」

 

 6年という長い制作期間の後、イーノは最終的に11曲だけをアルバムに収録することにした。47分弱の長さだ。最終的なミックス・ダウンはイーノのコンピューター内で行われたという。サウンドの加工処理について、プロセッシングの巨匠はこう説明してくれた。
 「各パートはコンピューターにライブ録りしていき、サウンドの加工処理にはアウトボード機材を使った。また、コンピューター内の素材を Kaoss Pad を通して鳴らすこともあった。もちろんプラグインによる加工処理もたくさん行っている。コンピューター内での加工処理は、一度にすべての処理をせず、1つの処理ごとに結果を保存し、保存した結果にまた処理を施すという手順でやることが多かった。ヘビーな作業を1度にやると、どうしても処理能力の問題に直面してしまうからね。しかしながら、既に処理したトラックヘ自由に処理を加えられるこの作業は気に入っている」
 繰り返すが、イーノはかつてコンピューターで音楽を作ることに対して強い言葉で批判した前歴がある。それを踏まえれば、コンピューター・レコーディングに対して完全降伏したかのような現状は、ちょっとした驚きでもある。それでは、そのほかのことに対して述べた異論はどうなのであろう?例えばコンピューター内で首尾一貫して制作されたアルバム、あるいは一貫してデジタル領域で作られたアルバムに、奥行きが無く、生気に欠ける印象があると言ったことについては、今でもそう思っているのだろうか?
 「興味深いことに」とイーノが答える。「コンピューターを使って仕事をするようになってしばらくすると、コンピューターを使っていない音楽を聴いたときに、そのまばゆいばかりの生気に衝撃を受けることがある。だからコンピューターを使って音楽を作ると、そこに未知なる作用が働くことを認めざるを得ない。そしてコンピューターを使うのなら、そうした制約の中で作業をするしかないんだ。例えばグラフィック・アーティストなら、同じ素材を使ってもリトグラフとシルクスクリーンとでは全く違う作品が出来上がることを知っている。それと同じで、コンピューターを使うことでサウンドの可能性が一部損なわれていると僕は考えているんだ。もちろんコンピューターだけの問題じゃない。アナログ・テープを使っても同じような問題はある。ただ、何を犠牲にしているかという点で両者は異なっている。デジタルの場合はサウンドの周波数帯域や奥行きといったものが犠牲になっている。一方、アナログの場合はコンピューターで得られる自由なサウンド処理が犠牲になっている」

 

 

自分の内面に何かをもたらしてくれるもの
それが僕にとっての“優秀な音楽”だ

 

 

 今日のより高いサンプリング・レートやビット・レートは、デジタルにまつわる音質問題を「解決の方向に向かわせている」とイーノは見ている。しかしそれでも、アナログとデジタルのサウンドの差についての議論をやめようとはしない。「メディア自体のサウンド特性というより、使うメディアによって作業の仕方が変わるといった点で、サウンドに大きな差が生じるのではないかと思う。例えばアナログ・テープでレコーデイングする場合、テープの切り張りといった後々の作業が大変になるので、できるだけ優秀なテイクが録れるまでレコーディングをしつこく何度も繰り返す。しかし編集が楽なデジタルなら、“いい小節が録れた。これをコピーすれば何とかなる”などと言いながらレコーディングをあっさり終了させることができる。さらに言えば、デジタルで作業をしていると、いわゆるサウンド・エンジニアではない人々と仕事をしている自分に気付くことが多い。サウンド・エンジニアと呼ぶよりは、コンピューター・オペレーターと呼んだ方がいいような人たちが多いんだ。少なくともドラム・サウンドに耳を傾けながら“これをより良いサウンドに仕上げるにはどうすればいい?あのコンプよりはこっちのコンプを使うべさか?それともマイクをもうちょっとドラムから離すべきか?”といった、従来のサウンド・エンジニアがいつも頭の中で考えているようなことを気にする人たちは少ない。コンピューター・エンジニアリングとサウンド・エンジニアリングは全く別ものだ。つまりアナログとデジタルのサウンドの違いは、技術そのものというより、技術を取り巻いているさまざまな外部要素によって生じるものなんじゃないかと想う」

 

 6年にも及ぶ制作期間を要した本作では、イーノが自らサウンド・エンジニアリングも手掛けているようだ。
 「6年間という期間中、ずっとエンジニアを雇うのは無駄だし、金銭的な余裕もなかった。ただし「アンダー」のドラムだけは違う。あれはほかの人間がはるか以前にレコーディングしたものだ。アルバムを聴けば分かると思うが、「アンダー」のドラム・サウンドはほかの曲と比べて明らかに秀でている。世界で最高の腕を持ったドラマーの1人であるウィリー・グリーンがたたいていることもあるが、それ以上に、ドラム・レコーディングに長けたエンジニアによってレコーディングされたことが大きい。一般的にコンピューターで音楽を作る人たちは、自分1人でスタジオに隠れ、ミュージシャン/エンジニア/コンポーザーと複数の役回りをこなしている。僕が言うのもおこがましいが、そうした作業すべてに長けた人間なんてそう減多には居ない。専門家を雇う理由はそうした点にあると思う」
 『アナザー・デイ・オン・アース』の制作において、イーノはプロデューサーとアーティストの役割を区別せずに臨んだという。“個性”に対して抵抗感を持ち続けているせいか、イーノは自分や自分の役割を厳密に定義したがらない。かって所有していたスタジオを売却し、コンピューターを中心に据えた小規模なプライベート・スタジオで仕事をする決心をしたのも、そうした背景かららしい。
 「環境のしっかり整ったスタジオを持っていると、自分の仕事に対する間違った考えを植え付けられてしまうんだ。機材に囲まれて暮らしていると、そいつらから“早く使ってくれ”とせがまれているような気分になって、毎朝“今日も音楽を作らなければ”と考えながら目覚めなければならなくなる。そういう日常が嫌になったんだ。朝起きて“今日は何をしよう?”と考え、その選択肢のひとつが音楽という生活がしたかったんだ」

 

 現代性、個性、古き良き時代の作曲家、絶対的な役割分担、絶対的価値観といった概念を超越した世界観を持つイーノは、自身の作品に込める意味、作意、目的をどこから得ているのだろうか?
 「ノーコメントだ」とイーノがやや勢い込んで答えた。「そういうことに関しては何も言いたくない。君の質問に対する答えには饒舌になってあげられるが(笑)、僕は自分の考えを伝えるために自分の音楽を利用したくないんだ。音楽は、自分の中に何かが起こるきっかけとして利用している。自分の感情や精神的な状態をある種の方向に整えてくれる、そんな作品を作りたいんだ。そしてその方向性の先にある最も理想的な状態が全面降服だ。僕にとっての優秀な音楽の基準とは、それが僕に変化を与えることができるかどうかという点にある。“すごい、これは物事の可能性を広げる新しい概念だ”とか“これまで体験したことのない新しい感情だ”と思わせてくれるものであれば、それは僕にとって優秀な音楽となる。例えば、1970年代のマイルス・デイヴィスの作品は、僕にそうした変化を与えてくれた音楽のひとつだった。聴くだけで別世界を垣問見るような気分が味わえた。ほとんどSFのような感じだったね。
 自分にとっての音楽の善し悪しを計る1つの試金石でもあり、何度も何度も繰り返し聴き込んだものだ。そうした試金石的な音楽は、「It's Gona Rain」をはじめ、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの3rdアルバム (『3』だと思われる)など、ほかにも幾つかある。最近のものではザ・ブックスという、たぐいまれなる才能を持ったバンドの音楽がこれに相当する。最新アルバムをリリースした後で知ったバンドなんだが、タイミング的に本当に良かった。もしそれ以前に耳にしていたら、それまで作り上げていた曲や素材をすべて捨て、アルバムを一から作り直していたと思う」

 

 「僕が作る作品のほとんどすべては、音楽実験からスタートしている」とイーノが最後に告白してくれた。「だから完成してもアルバムに収録されないものがたくさんある。ほとんどと言ってもいい。面白い音楽ではないのだから、はっきり言えば失敗作だろう。しかしたとえ失敗作であったとしても、僕に何かを教えてくれたという点で、自分にとってはとても意義ある作品なんだ。発明王エジソンは、電球を完成させるまでに何百種類もの試作品を作り、それらすべてに特許を申請したという。誰かがなぜ失敗作にまでわざわざ特許を申請するのかとエジソンに聞いたところ、エジソンはこう答えた。“私は電球が正しく動作しない1,000もの方法を発見したのだ”と。エジソンのような姿勢で実験を前向きにとらえれば、この世に失敗などというものはない」

 

 



 


 メインディスクにはデュアル・ディスプレイが設置され、おそらくコンピューター本体はAPPLE PowerMac G4。またディスプレイの台としてスピーカーの筐体を使っているようだ。
 手前の MIDI キーボードは ROLAND PC-180A で、その左隣は HHB の CDレコーダー、SONYの CDプレーヤー、DENON のアンプなどのプレーヤー/デッキ類とメーカー不明のスピーカー。
さらに左は上から PHILIPS のラジカセ、DRAWMER LX20 (コンプレッサー)、TL AUDIO 2051(ボーカル・プロセッサー)、スピーカーのTANNOY SRM10B、COURT GE30(グラフィックEQ)を積み上げている。左端に見える卓は MACKIE24・8 

 


 

 


 メイン・デスク右手にもアウトボード類をレイアウト。中央の小型アナログ・ミキサーはMACKIE.CR-1604で縦置きの ALESIS Microverb を挟んで、その隣のラックの上に SRM10B を設置。SRM10B は添え木で角度を付けるなど、かなりラフにセットされているようだ。
 ラック内は上から DIGITECH Studio Vocalist(ボーカル・プロセッサー)、EMAGIC Unitor8(MIDIインターフェイス)、LEXICON Jam Man(デジタル・ディレイ)、ZOOM 1201(マルチエフェクター)、DIGITECH Quad44(マルチエフェクター)、BBE 862(マキシマイザー)、E-MU Pro/Cussion(リズム音源)、そしてなぜか逆さまにマウントされたハーモナイザーの名機、EVENTIDE H3000SE。右には LINE6 Pod や、PIONEER CDJ-500が見える。

 

 

 

 シンセサイザーはKORG Triton Studioで、手前にはSLESIS AirFX、KORG Kaoss Pad KP2、初代Kaoss Padが見える。インタビュー内にもあったように、イーノはKaoss Mixer を所有するなど、Kaoss Padシリーズにかなり入れ込んでいる様子で、写真の初代機には“ENO”の署名もされているほど。その奥にあるのはおそらく今回の歌録りに使用されたであろうコンデンサー・マイクと、小型マイクプリの BEHRINGER Tube Ultragain MIC 100
 

 

 

Sound & Recording  / August 2005
Text / Paul Tingen
Translation / Peter Kato
Photo / Robert Astley-Sparke


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