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interview 2005.8     1 / 2

 


 

 

 

音楽が自然に発生/発展するのを待つ
僕はこうした作曲法が好きなんだ

 

 ロンドン西方にあるブライアン・イーノの仕事場には、持ち主の世界観をそのままオブジェ化したようなインテリアがたくさん目に入る。例えば、部屋の中央にある大きな球型の照明。天井からつり下げられていれば、それは何の変哲もない普通の照明かもしれない。しかしここでは、それが逆に床から上に向かって伸びている。これはイーノという音楽界の鬼才を実によく象徴したオブジェの1つと言える。その35年に及ぶキャリアにおいてイーノは、楽器、テクノロジー、スタイル、コンセプト、アプローチなど、音楽にまつわるほとんどすべての要素を普通の人間とは違う角度からとらえてきたからだ。上下を逆にしたり、内と外反転させたり、前後の向きを変えたりと、物事に対する視点を大胆に変えることによってその独自の音楽を作り続けてきた。
 それだけにイーノの発言には考えさせられる格言が数多くある。例えば“汝の誤りを、秘められた作意として尊重せよ”。また、1999年のインタビューで、コンピューターを使った音楽作りに対する批判を繰り広げたときに述べた“精通は安穏をはぐくむ”なる言葉も印象深い。“果てしない選択肢に身を委ねることを好んでいる”と、先進的なテクノロジーを駆使しているユーザーたちを批判したのだ。今回も、自身の名を世間に広めることになった音楽プロデュースに関し、「リスナーの要求は、作り手が必要と考えているものの半分程度だと思う」と、これまた独自の考えを筆者に投げかけてくれた。

 

 その内容に賛成するも反対するも勝手だが、イーノの発言に発想の転換を促す何かがあることは確かだろう。我々が長年にわたって正しいと信じてきた既成概念や原理原則を一度疑い、見直すように仕向ける力がその言葉には秘められているのだ。もちろん、自身の発言にそうした効果があることはイーノ本人が一番よく承知している。多くのロック系アーティストとは違い、イーノ創作プロセスについて深く考え、それを概念化することに無上の喜びを覚えている。故に自身の創作プロセスを語るとき、音楽以外で関心のある学術的&芸術的なテーマと結び付けることがよくある。“系統”“発生”“進化”などといった進化論の用語をよく使うのも、その一例だろう。例えば、音楽制作アプローチに関し、ダーウィニズム、作曲、建築、ガーデニングを1つに結び付けてこう説明してもいる。
 「複雑な創造物が、それより複雑で高度な創造主によって作り出されているはずだと思うのは、人間の直感的な考え方だろう。しかし進化論に従えば、複雑なものはよりシンプルな環境の中から発生している。これは基礎から出発して全体を徐々に構築する、いわゆるボトム・アップ的な発想であり、僕はこうしたアプローチで曲を作るのが好きなんだ。環境だけ整え、音楽がその中で自発的に発生/発展するのを待っといった感じさ。建築的というよりはガーデニング的な作曲方法だ」

 

 こうした言葉を数多く残した結果、サフォーク州で1948年に生を授かった本名ブライアン・ピーター・ジョージ・セントジョン・ル・バプテステ・ド・ラサール・イーノは、いつしか“プロフェッサー・イーノ”なる称号で呼ばれるようになった。ちなみに最近のプレス向け資料には、もちろん本人承諾の上のことだろうが、“講師、ビジュアル・アーティスト、ライター、政治活動家、未来学者”なる肩書きが並んでいる。またかつては冗談半分で使われていた“プロフェッサー(教授)”なる肩書きも、今では堂々と使われるようになった。
 「気に入っているんだ」とイーノは言う。「教授という肩書きを使えば、“表現主義的なロック音楽とは全く畑違いの人間”だということを人々に簡単に伝えられるからね。僕のやっている音楽は、いわゆるロックとは異なる、全く違う芸術表現形式なんだ」

 

 ロックとは畑違いの音楽を、ボトム・アップ的なアプローチで作るイーノの方向性については、彼の広く明るい仕事場を眺めるだけでもそれとなく感じ取れる。例えば逆立ちした球型照明の横にある2個のミラーボール。一見ちぐはぐな取り合わせだが、これはアバンギャルドな実験音楽と人々の幅広い支持を受けるポップスという両極端にある2つの音楽を扱い、その間に横たわる大きなギャップにやすやすと橋を架けることができるイーノの、たぐいまれなるセンスを見事に形にしているように感じられる。それぞれが天井から伸びる2本の金属ワイアーでつり下げられた、12台ほどのPHILIPSのラジカセからも同じような印象を受けた。ちなみに、オブジェとしての美術的価値が低そうなこのラジカセ群は、単なる装飾ではない。極めて芸術的価値の高いイーノのジェネレーティブ・ミュージック(自発的に発生/発展する生成的な音楽)の実験に貢献する装置としての役割も担っているのだ。ミニマリスト作家のスティーヴ・ライヒがテープを切り張りして作った「It’s Gonna Rain」(1967年)を耳にして以来、イーノは音楽そのものが無作為かつ自発的に発生/発展する生成的な作品、つまり、シンプルなものの中から複雑なものが出現する作品に魅了されてきた。そこでイーノは、素材を何枚ものCDに分散させた作品を幾つか作り、それらCDを天井からつり下げた何台ものラジカセで再生するという音楽実験を行えるようにしたのだ。CDはすべてシャッフル・モードでエンドレス再生されるため、そこで構築される“作品”のバリエーションはほとんど無限で、同じものは二度と出現しない。

 

 「僕の音楽人生の中で、「It'sGonnaRain」は最も重要な作品の1つとなった」とイーノが言う。「ジェネレーティブ・ミュージックというアイディアは、あの作品から得たと言ってもいい。再生装置をオンにするだけで音楽が自ら発生/発展していくこうした作品では、作曲家は同時にリスナーでもあり、音楽を聴くという行為が作曲行為そのものになる。複雑に変化するパターンを聴いていると、聴覚的なモアレ効果とでも言おうか、幻覚にも似た、そこにあるはずもないパターンが聴こえてくる。そうした瞬間がとても感動的なんだ。
 古き良き時代の考え方としては、音楽とは作曲家がリスナーに与えるたまものにほかならなかった。リスナーは作曲家から贈られる音楽を受動的に拝聴するしかなかったんだ。しかしジェネレーティブ・ミュージックの場合、作曲家の役割は環境作りにとどまる。台本は書くが、自分ではそれ以上制作にかかわらないシナリオ・ライターみたいなもので、作曲家も環境を整えた後は、ほかのリスナー同様、音楽を聴く側に回る」

 

自分の個性を音楽の内容へ
反映させることには一切興味がない

 

 ブライアン・イーノの最新作『アナザー・デイ・オン・アース』は、一般市場に向けてリリースされたものとしては、『ザ・ドロップ』より8年ぶりのアルバムだ(その間、Webサイトで限定リリースされた作品もある)。だがそれ以上に、自身のボーカル曲が収録された作品としては、25年ぶりのものだとイーノは言う。長年のブランクの後、なぜ再び歌おうと思ったのだろうか?「面白いことに」とイーノが苦笑しながら答える。
 「25年前に受けたインタビューの最初の質問は“なぜボーカル・アルバムを作らなくなったのか?”だった。それが今では“なぜボーカル・アルバムを作ったのか?”に逆転している(笑)。理由を簡単に言えば、5〜6年ほど前から自然と歌を歌い始めるようになったからだ。そしてそれを楽しんでいる自分に気付いた。それだけだ。付け加えれば、ボーカル・アルバムを作るのをやめてサウンドスケープ的な作品ばかり追求していた間、ボーカル・プロセッシングに関する技術はかなり進歩した。録った人間の声に直接加工を施して修正したりと、そうした技術革新が僕のボーカル・レコーディングに対する興味をあらためて喚起した」

 

 「そもそもボーカル作品を作らなくなった理由の1つとしては」とイーノが続ける。「レコードに吹き込まれている声と作曲家が必ず同一視される風潮に辞易していたからだ。声がキャラクター化され、それが僕の個性の一端であるかのような見方をされることが嫌だったんだ。僕は自分の個性を音楽の内容に反映させることには一切興味がない。劇作家と芝居の関係、あるいは小説家と本の関係こそが理想なんだ。劇や小説の中にも登場人物というキャラクターは出てくる。しかし、それが劇作家や小説家という人間そのものと直接結び付くことはない。あくまでも作品の中のキャラクターに過ぎないからだ。しかし音楽ではなぜかそうした境界があいまいになっている。だが今なら、新しいテクノロジーを駆使して声に加工を施すことで、自分のものとは全く違った声質のボーカル・トラックを作ることができると思ったんだ」

 

 イーノの説明通り、『アナザー・デイ・オン・アース』に収録された曲のボーカル・トラックには、幾重ものオーバーダブやヘビーな加工処理が施されている。その最も端的な例は、声がオクターブ上にピッチ・シフトされた「アンド・ゼン・ソー・クリアー」と、声にボコーダー的な処理が施された「ボトムライナーズ」だろう。ボーカル加工処理の多くにはDIGITECH Studio Vocalist を使ったとイーノは明かしてくれた。
 「これはプラグインではなく、スタンドアローンのハードウェアだ。とても面白い機能が満載されており、中でもハーモニー生成機能は優秀だ。MIDI キーボードを通してコントロール可能なので、鍵盤で弾いたコードをそのまま声に適用させることができる。1つの声を男声と女声の間でシフトさせることも可能だ。つまり、声のフォルマント構造を変化させることができるんだ。「アンド・ゼン・ソー・クリアー」では、まさにこの機能を利用した。その処理の後でオクターブ上にピッチ・シフトし、MIDI キーボードでメロディ・ラインを付けている。ちなみに声の音程変化がMIDI キーボードの入カタイミングから微妙にズレるのだが、このズレが人工的ながらとても面白い。Studio Vocalist  は、ボコーダー的な効果を出すのにも利用した。それ以外では、ANTARES Auto-Tune もいろんな局面で多用した。声に不自然な完全さを与えるという点で、とても興味深いエフェクトだと感じている。

 


スタジオ“えの屋”全景。世界地図を前に、日夜、世界征服を夢想する。

 

 

ボーカルとオケを風景画に置き換え
その見え方についてかなり吟味した

 

 『アナザー・デイ・オン・アース』は、驚くほどスローなぺ一スの作品だ。まるでリスナーの回りに無限の時問が流れているかのようなスロー・ぺ一スぶりなのである。3秒に1回はリスナーの注目を引くギミックを入れるのが模範とされるエンターテインメント業界にあって、これはとても珍しいことだ。
 「リスナーをもっと信じてもいいということに気付いたんだ」とイーノが説明する。「派手なギミックで常に関心を持たせ続けなくても彼らは退屈しないし、意識はちゃんと覚醒しているんだよ。心地よい音楽の流れに無意識に乗り続けるのも好きだが、かといって流されっぱなしにはならず、要所要所ではきちんと音楽を意識しに戻ってくる。一般的なことを言えば、リスナーはクリエイターが考えているほど多くの要素が詰め込まれた作品を求めていないのが実情なんじゃないかと思う。作り手として作品を作っているときは、“ああ、この1小節の間には何も起こらない。何とかしなきゃ”といった感じで神経質になり、より多くを詰め込もうと頭を悩ます。しかしリスナーの側に立てば、そうした変化の少ない空白があってもさほど気にならず、むしろそれを喜ぶことさえある。何年も前のことになるが、REVOXのテープ・マシンを使った実験を重ねていたころ、作品を通常の半分の速度で再生させるのが好きだったことがある。音質がよりソフトかつ地味になることに加え、時間あたりに生じる変化の回数が少なくなるからだ」

 

 こうした考えに基づく手法は、自身のアンビエント作品を成功に導いただけでなく、プロデュースを手掛けた大ヒット・ロック作品にも応用されている。例えばU2の『ヨシュア・トゥリー』。余白がかなりあることが思い起こされる。スローなテンポの中に、豊かなサウンドがみずみずしくちりばめられた『アナザー・デイ・オン・アース』は、イーノの35年にわたるプロデューサーとしての経験の集大成とも言える作品だ。アンビエント作品とボーカル作品の橋渡し的なニュアンスが感じられる野心作でもある。こうした観点からすれば、本作は1975年にリリースされた『アナー・グリーン・ワールド』の続編とでも呼ぶべき作品かもしれない。かの作品も、ボーカルとともに長いインストゥルメンタル・セクションが前面に押し出されていたからだ。この仮説についてはイーノ本人も賛同してくれた。
 「今回のアルバムに収められた“ハウ・メニー・ワールズ”はとても短い曲だが、インストゥルメンタル・セクションがその大半を占めている。歌も入っているが、これはこの曲があたかもボーカル曲であるかのように思わせるための“ハッタリ”に過ぎない。一種のトリックみたいなもので、このアルバムにはこうしたハッタリがたくさんちりばめられている。こうしたトリックの使い方は、『アナザー・グリーン・ワールド』を作ったときに学んだものだ。14曲のうちボーカル曲はわずか5曲しかなかったが、ボーカル曲が入っていたのでほとんどの人はボーカル・アルバムだと考えていた。インストゥルメンタル作品よりボーカル作品の方が世間一般の関心が高いことを知っていたので、僕はあのアルバムがそう認知されていたことをかえってうれしく感じていたがね……」

 

 「面白い実験を教えるから試してみるといい」とイーノが続ける。「風景しか描かれていない絵画を眺めるとき、人の目線は極めて複雑な軌道を描きながら全体を動き回る。しかしそこに人影を描き込めば、それがどんなに小さなものであろうとも、目線はその人影を基点とした動きをするようになる。つまり、必ず人影に戻ってから次の風景部分へと移るようになるんだ。同じことは、サウンドスケープの中に声を投入したときにも言える。だから今回、ボーカルを入れようとしたとき、久しぶりに人物を描こうとする風景画作家のような感じでいろいろ迷ったものだ。“人物をどこに入れたらフィットするだろうか?などとね」


 

 

 

 現在イーノが使用するプライベート・スタジオの一角。日差しがふんだんに差し込む造りに加えて、ブロック塀と石型オブジェ、グリーンが配置され、屋外のような開放感を与えてくれる。中央に置かれたディジュリドゥも素敵だ。奥にはドロー・ツールや工具関連が充実しており、音楽以外の作品もここで生まれていることがうかがい知れる。音楽スタジオというよりはアトリエといった趣だ。

 

 

 

 


 スタジオの一角にある不思議なスペース。つり下げられた PHILIPS のラジカセと、中央にある YAMAHA のNS-1000 Monitor は、イーノの提唱する“ジェネレーティブ・ミュージック”を可能にする装置。壁に取り付けられたプラズマ・ディスプレイは PIONEER 製だ。

 

 

 

 

 

 

 

壁に飾られた2本のベースはSQUIRE Precision Bass と
 AMPEG AEB-1 Scroll Bass

 

 

続く→


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