gif.gif (1473 バイト)
interview 2001

 


 

 

まさかブライアン・イーノがフジ・ロック・フェスティヴァルのステージに立つことがあるなんてことを、誰が予想しただろう。
だいたいライヴ・パフォーマンスとこれほど似合わないアーティストもいない。ダチョウの羽を背負って、ド派手なメイクでキーボードに向かっていたロキシーミュ-ジック時代は、はるか大昔のこと。誰もがフェスティヴァルのラインナップの3日目グリーン・ステージの大トりにその名前を見たときは驚いた。で、素直に゛まさかこういうシチュエイションでライヴが観られるとは思いもしませんでしたよ゛と言ったら゛私も驚いているよ゛とニコやかに答えてくれた。
世界中のコンピュータを触っている人間なら必ず耳にしたことのあるウィンドウズの起動音の作者にして、U2やトーキング・ヘッズ、ジェイムスなどのプロデューサー。そして一連の“ミュージック・フォー〜”シリーズにおいて確立したアンビエント・ミュージックの提唱者と、さまざまな側面を持つ本名 Brian Peter George St. John Le Baptiste De La Salle Eno。こうしてクリエイトしてきた音楽、関わったアルバムの一つ一つが、彼の神話を積み上げていった。イーノのアンテナがとらえているものが何なのか?それはいつも時代の鍵でもあった。
そんな彼の最新作『ドローン・フロム・ライフ』は、コミック〈陰陽師〉のTV放映版ためにサントラを作ったプロジェクトと発展させたもの。そうしたコラボレイションを重ねてきたドイツ人のドラマー、J・ピータ・シュワルムを含む7人編成の゛バンド゛でにステージに立つためにやってきたのだった。記者会見に続いて、短い時間ながら単独インタヴユー。目の前には思った以上にニコやかな、そしてイギリスの田舎の古本屋の店主のようなイーノがいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まずピーター・シュワルムさんとの出会いについて教えてください。

 

 彼のレコードをたまたま人からもらったのがきっかけですね。それはビーターがギターやってるレコードだったんだけど、それがすごく気に入って、それでライヴを見に行ってたら飛び入りして演奏してしまって、そこから二人の付き合いが始まったんです。

 

具体的にこのアルバム『ドローン・フロム・ライフ』を作るにあたってどういう音にしようと考えたんですか?

 

 実際に自分がやっていることはいつも二つしかなくて、ひとつは自分が聴いてみたいと思える音楽を作ること。そして作るからにはやっぱり新しいものにしていきたいと思っています。二番目には、今まで自分が聴いたこともないものを作っていきたいということ。端的に言って自分はその二つをやってきました。聴いたことがないものと自分が聴きたいもの、そして自分が出来ることとの共通項のところが(本誌の表紙に、“Something I Can Do ”などと書いた図を描きながら)、いつも自分にとって興味のある音楽なんです。ただし自分に出来るもの、実はそっちの方はもっと狭いかもしれないですけど(笑)」

 

アルバム・タイトルはどうやって決めたんですか?

 

 まず、もともと〈ドローン・フロム・ライフ〉という曲があり、今のヴァージョンでは〈ドローン〉という曲なんですけど、そこでは子供たちの声を使っていて、そうした時代が明らかにその人の人生を反映しているという意味を込めてこのタイトルとなりました。まあその他にもいろいろあったんだけですけど、トラック・タイトルの方が変わってしまったのでアルバムのタイトルに使ったんです。
 そもそも゛ドローン・フロム・ライフ゛という言葉には、実際に静物を写生したりするときにそういう表現が英語にあります。まずそれが一点。あともうひとつの意味合いとしては゛引き出す゛という意味もあるので、たとえば樽の中から酒を一本出してくるというのと似たような意味で、゛生命からちょっと引き出してきました゛という意味合いも込めてあります。

 

アルバム制作のもとになった物語“御陽師”は、どういったところに最初は興味を持ったんですか?

 

 僕は日本語が読めないんでどういう話かさっぱりわからないけど、コミックの絵を見ていく限りでは空とか宇宙とか星とかがすごく沢山出てくるんで、そこらがおもしろいと思ったし、やっぱりそういった、ひとつの場所に限られた設定の音楽ではなくて、非常に宇宙的なコズミックな拡がりのある音が作れればおもしろいなと思ったのです。

 

アルバムの9曲目の「ブルーム」という曲の最後の方に非常に長い無音の部分がありますが、それはどういうことなんですか?

 

 その次の10目に入っている「トゥー・ヴォイセズ」という曲が、他の曲とどうもうまく合わなかったんです。だけどこの曲を収録できないというのは残念だなと思って、それで曲順を考えていくときに「ブルーム」までひとかたまりにして、それからちょっと問を空けて「トゥー・ヴォイセズ」を入れてそこまでを作ったんです。それを試しに自宅で聴いてみたら、無音状態が続いて突然これが始まるというのがすごく良かったので、じゃあもう一回無音状態を入れて「ブルーム」をもう一回入れるという構成にしました。
 基本的には、これからももっと自分が遊べるやり方をやっていきたいと思っているんです。というのも、たとえば壁に絵をかけるときに、全然゛間゛をとらなくて全部くっつけて並べる絵のかけ方なんてないでしょう。やっぱり普通は゛間゛を考えてやるわけだから。だからレコードでもそういうやり方があってもいいんじゃないかとも思いますしね。

 

 

 

゛間゛、確かにこの人のさまざまな要素を持った作品に流れるもっとも重要なポイントはそれかもしれない。『ヒア・カム・ザ・ウォーム・ジェッツ』や『テイキング・タイガー・マウンテン』で聞かせたボップ・フィールド表現の多様化の見本のような世界、ロバート・フリップやクラスターたちとのコラボレイション、そして機能音楽〜アンビエント・ミュージックの確立と、現代の音楽に残してきた足跡はあまりに鮮やかだ。またデヴィッド・ボウイやトーキング・ヘッズ、そしてU2らへのプロデュース・ワークは、彼らのアーティスト生命を大きく左右してきた。その先進的な感覚は、大袈裟に言えば時代の流れを先導してきた部分もある。もちろん風見鶏的なものではない。研ぎ澄まされた好奇心とアンテナの感度によって創作活動を行ってきた彼は、ある意味ではビートルズ以降の現代ポピュラー・ミュージックにとって最重要人物である。

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 そうした゛間゛の発想と、かつてあなた自身がさかんに作っていたアンビエント・ミュージックみたいなものとの関連についてはどういう風に考えていますか。

 

 もちろん深い関係があると思っています。今の自分だったらこの75分のCDの中に音の配置を考えて、音の風景として全体を見るようなものが作れるかな、そういう風にやれるかなという感じがします。実際考えてみるとこの75分の中に曲をみっちり隣り合わせにくっつけていくこと自体がそもそも変なんじゃないかという気さえするし、あと10年くらいしたらひょっとしたらそういう発想そのものが広がって、CD作りにおいて変わってくるかもしれないと思いますね。
 こういう風に(と、やはり表紙の下部分に波線を描きながら)音量そのものによって世界が変わるレコードを作るとか。聞くときにヴォリュームを設定するとあるところ以下はもう聴こえなくなるんで、ヴォリユームのコントロ-ルの仕方によって聴こえてくる音そのものも変わってくる、そんなレコードを作るのもまた面白いかなと思います。

 

 例えばそういう非常に先鋭的なアイディアがある一方で、U2なりジェイムスなりのポップ・ミュージックというのもプロデュースしているわけですが、そうしたときはまったく分けて考えているわけですか?

 

 大して変わらないかな(笑)。ちょっと意味合いは違うかもしれないけど基本的には同じです。プロデューサーという立場と、今こういう考えを話している自分とは基本的に同じだということです。結局自分はどういうことに惹かれるのかというと、自分はここにいたとしてこれからどうすればいいんだろうと考えることが好きなんです。この地点からこっちに行く方向もあるし、あっちもあって、という風にいろいろな可能性を考えること自体がおもしろいのです。たとえば同じことをバンドとして考えることも自分はすごく好きだし、それと個人で考えることは同じなんです。バンド全体でどういう可能性があるのかなということを考えるのと個人で考えるのと、形は違うけれど本質的なところでは同じなんじゃないのかな。
 特にバンドが成功してすごく有名になっていくと、一緒に行動する人たちやスタッフなど関わってくる人も多くなるし、周囲も含めてバンドの総体がすごく重くなって動きづらくなってくる。しかも関係者の人たちは゛絶対こっちに行くべきだ゛っていう風に方向を決めていきがちだし。そんな状況の中で僕としては゛でもこっちに行ってみたら面白いんじゃないの?゛っていう提案をしてそんな試みを促すことがすごく好きなんですね。

 

 あなた自身、今回のフェスティヴァルでのライブは珍しいのですけど、あえてライブをやろうと考えたのはどういうことだったんですか?

 

 そもそも今回のレコードそのものが自分にとっては非常にライヴ的な体験だったんです。こんなレコードはここ10年くらい作っていなかったんですね。それとよく考えてみると、自分がこれまでやってきたスタジオ・レコーディングをライヴでやることほどつまらないものはないんじゃないかということでもあります(笑)。たとえば『ミュージック・フォー・エアポー卜』をライヴでそのままやったとしたら、オーディエンスにとっては草の成長を観察するような体験にしかならないでしょう(大笑)。それでこのレコードが完成したときに、もう一回ライヴ的なものをやることが出来るんじゃないかと閃いたんです。
 もっと沢山の人を介在させることで新しい音楽を作りたいなという気持ちが急にフツフツと湧いてきてもいました。そのきっかけになったものがジェイムスの『ミリオネア』という新作をプロデュースしたときのことで、その時にワイワイと作るのが急に面白くなってきたんです。そして自然に、人と一緒に作りたいなという気持ちになってきました。いろんなミュージシャンと一緒に、バンドとして巻き込んでいろいろ作ってみたいなという気持ちが急に閃いてきたんです

 

 一般的にイーノさんといったらテクノロジーの最先端的なことをしているクリエイターというイメージがすごく強いと思うんだけど、そういう部分じゃないところに今は興味が行っているということですね。

 

 自分はそもそもテクノロジーに関しては先端を行ってるなんて思ってません。じつは自分の作品に使っているテクノロジーというのはいつもかなり古いものだし、僕はテクノロジーの消費者でもない。実生活ではたとえば車というテクノロジーすら持っていません。それは自転車というテクノロジーの方が都会に住んでいるときには古くても便利だと考えているからで(笑)、まあそれと同じことなんじゃないかなって思ってます。

 

 例えばそうしたデジタルの機材を駆使したハウスとかトランステクノとかいうものに対してはどう思ってますか?

 

 じつはどんなジャンルのものを聴いても自分が興味を持てる音楽はあんまりないんですね(笑)。それと、自分は何かある特定のものに対して強迫観念的にどんどん惹かれて聴いてしまうタイプのリスナーであるので、シーン全体を見渡す感じで音楽を聴いていないし興味ももてないんです。ハウスやトランステクノというものは自分にはまったく興味が湧かないジャンルで、それはバロツク音楽に対して全然興味が湧かないのとまるで同じことですね。じつを言うとバロックとハウスっていうのは自分から見たらすごく似ている音楽だと思っていますし。
 でも、いずれにしてもどんな音楽ジャンルもそれにいちばんふさわしい場所とか空間とかTPOがあるわけですから、それを全部並べて一刀両断したりすることは公平なやり方、判断の仕方じゃないなとは思っています。そうした音楽を楽しみ、必要とされる空間があるのは当然でしょう。

 

もう時間がなくなってしまいましたが、次に考えているソロ・アルバムはどういうものになりそうですか?

 

 いろいろ企画はあるんだけど、レコードっていう考え方自体は、自分にはすごく退屈なものに思えています(笑)。もちろん将来的にレコードは出すかもしれないけれど、それは何かもっと大きなもののひとつのサンプルとして出すものかもしれないですね。

 

ほんとにわずかな時間だったが、それでも彼の現在の発想、視点のポジションがとてもよくわかった。その核心にあるのは、クりエイターとして自然体だあろうとする、静かだが、強烈な主張だ。"自転車の方が車よりもテクノロジーとして優れているだろー"という発想は、非常にアイロニカルに聞こえもするが、しかし地球レベルで考えると、明らかに切実なメッセージ性を含んでいたりもする。
そうした複雑に混ざり合う要素をコラージュしたり編み込んだりのセンス/テクニックにおいてイーノという人はとても優れている。かつてはそれがエキセントリックに表出した時期もあるが、そうした頃に比べると、現在の彼ははるかに自分自身の音楽の基本に立ち戻ろうとしている。シンプルにバンド・アンサンブルを楽しむ、そうした発想の中には当たり前のように自分が歌うということも含まれているのだろう。ボクも含め、彼が70年代前半に発表したソロ初期のアルバムを愛する人は多い。最後に言っていた゛一つのサンプルとしてのレコード゛、それってある世代が、自然に自分の内宇宙に帰還していく光景を映し出すようなアルバムになりそうな気がしてならない。
さて、アンテナは同調しているか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■Interview&Text by Toshikazu Otaka STUDIOVOICE 2001.10


HOME / BACK