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interview 2001


 

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 英国生まれの53歳。ミュージシャンとしても音楽プロデューサーとしても絶大な影響力を持つ人だが、人前で楽器を演奏して歌う−いわばポップスターの立場かたら退いてもう20年以上経つ。その彼が再びバンドを組み、ステージに立った。まるで雅楽のようなシンセサイザーサウンドもあって、会場が水を打ったように静まりかえる場面もあった。 「プロデューサー買い」とでもいうか、CDジャケットの裏側にこの人の名前を見つけたらハズレはない、というイーノ信者は日本にも多い。なかでもアイルランド出身のバンド、U24枚の大ヒットアルバムをプロデュースしたのは有名だ。もとは過激なメークと衣装に身を包み、シンセサイザーをロックに持ち込んだ鬼才だったが、シンセや録音器材の進化でバンドでなくてもレコードが作れる時代がくると、人前から姿を消してしまった。その彼の“復活”である。久々のアルバム『ドローン・フロム・ライフ』も出たばかりだ。

 

 (バンドをやめたのは) 感電するのが怖いから(笑い)。いや、ショーではプレーできない、パフォーマンスには向かない音楽を作り始めたせいだったんだ。『ミュージツク・フォー・エアポーツ』(78年)のような音楽はテープレコーダーがあれば、プレーボタンを押して、ショーの最後にストップボタンを押すだけで済んでしまう。テクノロジーを使ったアートはどれも似ていると思うんだけど、最初は大きな絵を描こうとしていたはずなのに、いつのまにか細部にこだわってしまう。音楽も隅っこにこだわっているうちに生命力のないものになってしまうんだ。
 バンドは大きな刷毛(はけ)、テクノロジーはペン。人はペンを与えられると小さい絵を描くし、刷毛があれば大きく描く。それを使い分けるのが人間の知性の素晴らしいところだよ。

 

 こうした深い洞察はそのサウンドにも通じている。U2の激しいロックサウンドも、その背後に深遠な精神性のようなものをたたえているのが魅カだが、それを音の奥行きとして表現できたのはやはり彼の手柄だ。U2級のヒットには及ばないが、彼自身の作品の持つ思索的な奥行きも実はきわめて刺激的である。『ミュージック・フォー・エアポーツ』は実際に空港でも使われた、低い持続音がさざ波のように続く環境音楽作品だが、空港の利用者から「不安になる」とクレームがついたという逸話がある。

 

 空港や機内で聞かされるひどい音楽は、飛行機という乗り物の恐怖を『大丈夫!死なないから』と忘れさせる役目を果たしているわけだけど、あの作品のアイデァは、死を受け入れる音楽、というところにあったんだよ。

 

 昨年はU2の新作を約8年ぶりにプロデュースして話題になるなど、メジャーな商業音楽の世界でも先進的な作品を手がけるイーノさんだが、21世紀の音楽シ・ーンをどうみているのだろう。

 

 ハリウッド映画のように大量生産されていく半面、個人が音楽の形を進化させていくと思うね。ぼく自身、いろんな仕事をはじめているけれど、まだ形になっていないから話してもしょうがないよ。

 

 最後に「どうしたら作品がヒットするか、考えることはあるか」と尋ねると、いたずらっぽい目で笑った。

 

ない、ね。ぼくはとても賛沢な立場にいるといえるだろうね。

 

 


AERA 01.9.17  ライター 武田了さん